第23話

普通の教室より少し広めに設けられている保健室の中は、ほんのわずかだけど消毒液独特の匂いがすんと鼻について、何だか知らない国に来てしまったかのような感覚に捉われた。きっと、滅多に来る事がなかったせいだろう。長ったらしい名前が書かれたラベルが貼られてあるビンが連なるいくつかの棚も、清潔感が溢れる真っ白な壁紙や天井も、何だかとても新鮮に見える。


 そんな中、保健室の一番奥まった場所に天蓋てんがいの形で間仕切られた蛇腹折りのカーテンが二枚見えた。確か、この保健室に置かれているベッドも二つだった。手前の方のカーテンは開きっぱなしで、誰も寝転んでいないベッドが寂しそうに佇んでいた。


 私は、それよりもう一つの方のカーテンに向かって歩き出す。ぐるりとベッドを囲むように閉められているそのカーテンはひどく無防備で、中にいるであろう詩織の影をぼんやりと透けさせていた。


「三嶋だけど……入っていい?」


 私が尋ねると、詩織の影が分かりやすくこくりと頷きながら「うん」と答える。私は空いている方の手で薄っぺらいカーテンの端を掴むと、シャアッと小気味よい音を立てて開いた。


 天蓋の形で守られていたカーテンの中で詩織は、上半身を起こしてベッドの上にいた。でも、今の今まで横になっていたんだろう。パリッと糊を利かせていたはずのシーツや布団にも若干のシワが寄っているし、シミや汚れが一つもない枕は彼女の頭の形にへこんでいる。そして、そんな枕元にはまるで寄り添うかのようにあのL字状の容器が置かれていた。


「三嶋さん、どうしたの?」


 さっき、教室で息苦しくしていた時と違って、詩織の顔色にはすっかり赤みが戻っていた。新浜先生が言っていた通り、きっともう本当に大丈夫なんだろう。何だ、全く大げさな。驚かせないでほしいと思いながら、私は自分のものではない方の弁当箱をすっと差し出した。


「はい」

「え……」

「南さんのお弁当箱。持っていけって言われたから」

「あ、ありがとう……」


 詩織は一瞬言葉を詰まらせながらも、ゆっくりと両手を突き出して私から弁当箱を受け取った。そして、それをとても大事な宝物であるかのようにそっと胸元に引き寄せると、私の様子を窺うかのように静かに見上げてきた。


 なかなか言葉に出そうとしないが、たぶん「どうして三嶋さんが持ってきてくれたの?」とでも言いたいんだろう。何だかそう聞かれるのもちょっと癪に感じた私は、ほんの小さくため息をつくと、ベッドの横に添えるように置かれていたパイプ椅子に座りながら言った。

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