第22話

結局、昼休みになったと同時に、私は二人分の弁当箱を持って教室を出た。その際、一年の時から同じクラスの女子数人に「よかったら一緒に行かない?」と誘ってみたけど、ものの見事に全員から断られた。


「私、保健係じゃないしね」

「南さんと何を話したらいいか分かんないし」

「それにそんなに大勢で行ったら、南さんだって気が休まらないんじゃない? あんた一人でも大丈夫でしょ?」


 そう言ってきた皆を心の中で何度も薄情者と罵りながら、私は校舎の一階東端にある保健室へと向かった。


 階段を降り切り、足取り重く進んでいく一階の廊下の窓の向こうからは、あっという間に昼食を食べ終えたであろう何人かの男子生徒達がグラウンドへと走り出していく姿があった。たぶんバスケかサッカーでもやるんだろう、楽しそうで何よりですねと思っていたら、少し先に霞むように見えてきた保健室のドアが開いて、養護教諭の新浜にいはま先生が出てきた。


「あ、新浜先生」

「えっ?」


 きっと、職員室で昼食を食べようと思って出てきたんだろう。新浜先生はふいに声をかけてきた私に驚いたようで、着ていた白衣の裾が少し翻るくらい勢いよくこっちを振り返ってくる。私はそれに気が付かないふりをして、軽く会釈をした。


「二年の三嶋です。同じクラスの南さんのお弁当を持ってきました」


 私がそう言うと、新浜先生は視線だけを動かして私が持っていた二つの弁当箱を見つめる。そして合点がいったとばかりに、「ああ……」とため息混じりの返事をした。


「それはわざわざありがとうね。南さんならベッドにいるから、静かに声をかけてあげて」

「はい」

「本人が大丈夫って言ってたからもう発作は起きないと思うけど、もし教室に帰るまでに何かあったら、机の上にある内線電話の四番を押してね? すぐに行くから」


 少し早口でそう言うと、よっぽどおなかを空かせていたのか、新浜先生はぱたぱたと駆けるように廊下の先へと行ってしまった。


 永野先生が見たら、「廊下は走らんで下さい、生徒達に示しが尽きません!」とでも言いそうだな。そんな事を想像してしまったら、ついププッと小さく笑ってしまったけど、私のその小さな笑い声が聞こえてしまったのか、保健室のドア越しに詩織のくぐもったような声が「……誰?」と尋ねてきた。


「そこに誰かいるの? 新浜先生なら、お昼を食べに行かれたけど……」


 保健室のドアを見れば、簡素な造りだが少し大きめの縦型プレートがかかっていて、『ただいま席を外しています』という太い文字が黒のマジックペンで書かれている。誰が見ても一目瞭然なそのプレートに気が付かないはずはないと思ったのだろう、不思議そうな声色でそう告げた詩織にまたちょっといらだった私は「違うわよ」ときっぱり言い切りながら、がらりと保健室のドアをスライドさせた。

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