第18話

何で? 何でこんな事に……。


 まるで世界が滅亡したのと同じくらいの絶望感を伴って、私は二年生のクラスへふらふらと入っていった。うちの高校は男女別の出席番号順に沿って席順も決まっていたので、旧姓が三嶋である私と、同じく旧姓が南である詩織は前後に並んで座る羽目になった。


 ただでさえ顔を合わせる機会が格段に増えて憂鬱になっているというのに、この上、出席番号が一つ違いな為に席まで近いだなんて。どこの意地悪な人が企てた陰謀だろうと頭を抱えたくなる。そんな重苦しい気持ちのまま、学生カバンの中身を机の中に押し込んでいたら、ふと私の横をすり抜けようとする人影の気配を感じた。


 反射的に顔を上げて「あ、おはよう」と声を出したが、次の瞬間、激しく後悔した。その人影とは、詩織だったからだ。


 自分にあいさつしてきたのかと、詩織は足取りをぴたりと止めてこっちを不思議そうに見てきた。お互い、こんなに近く寄り合ったのは最初に会話した時以来で、私は何故かひどく緊張した。


 あれから約一年ほどが経っているが、南さんはあの時の事を覚えているだろうか。そう、思った。


 彼女からすれば、あの時の私は突然声をかけてきた別のクラスの女子でしかなく、しかも最後はいきなりキレて怒鳴り付けてきたという、この上なく訳の分からないおせっかいな人間だったに違いない。私だったら絶対に関わり合いになりたくないし、記憶から徹底的に抹消する。今みたいにふいにあいさつされたところで、絶対に無視する事だろう。


 それなのに、大半の人間がきっとそうするだろうと思うのに、あの子は、詩織は――。


「おはよう、三嶋さん」


 にこりと穏やかな笑みを浮かべながら、あいさつを返してきた。


 あの時の事、そして私の事を覚えている。それだけでも充分驚いたのに、まるで一年の時から同じクラスであったかのように親しげにあいさつを返してくるなんて思いもしなかった。その事に反応できずにぽかんとしていたら、詩織はさらに驚くような事を言った。


「三嶋さんと同じクラスになれてよかった。卒業までの二年間、どうぞよろしくね」


 そうしてぺこりと会釈すると、詩織はようやく私の横をすり抜け、すぐ後ろにある自分の席に座った。


 カタン、コトンと詩織が自分の机の中に教科書やノートをしまう音が背中越しに聞こえてくる。私はそれを聞きながら、このとても不思議なクラスメイトと高校卒業までの二年間、どのように接していいものかと必死に考えあぐねていた。

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