第17話

それからも、体育の授業のたびにグラウンドや体育館の隅で見学をし続ける詩織の姿を見かけた。


 土埃を吸うのが嫌なのか、グラウンドでの見学の際は大きめのマスクをしている事が多い詩織だったけど、特に顔色が悪い訳でもなかったから、その真っ白いマスクは詩織と同じくらいよく目立ってしまって、ずいぶんと私の心をざわつかせた。クラスの平均より走るのがダントツに遅ければ、球技は必ずと言っていいほど明後日の方向へとボールを飛ばし、跳び箱だって五段以上は怖くて飛べない。そんな恥ずかしい様の私を、グラウンドや体育館の隅にいる詩織がほくそ笑んで見ているような気がしてならなかった。


 あくまでそんな気がするというだけで、実際にはそのような事はない。詩織はただじっとカリキュラムをこなしていく私達を見ているのみで、授業が終わればクラスメイト達と一緒に連れ立って、私とは別の教室へと戻って行く。その際、変にクラスメイト達を揶揄する事もなければ、逆に「すごかったね」などと褒めるような事もしなかった。


 分かってる。ただの私のやっかみだ、嫉妬だ、被害妄想だ。できる事なら体育なんてものはこの世から消えてしまえと思ってるような私が、何の体調不良も見受けられないのに堂々と見学をし続ける詩織を羨んでいる事で起こっている錯覚なのだという事は、早い段階でとっくに気付いていた。だけど、十代という若さゆえの経験不足から、私はそれを心底認める事ができず、体育の授業のたびに詩織にイラついた。


 それでも、一年生のうちはまだよかった。詩織とはクラスが別だったし、保健体育、美術、音楽、技術の合同授業の時だけ我慢すれば、休み時間の廊下でも顔を合わせる事がない。実際、会話したのだって、今のところあの時の一回こっきりな訳だし、週に何度か、ほんの数時間程度見かけるくらいだったら我慢しよう。その短い時間だけを我慢すれば、これ以上のみっともないいらだちややっかみを抱かずに済むんだからと、よく自分に言い聞かせていた。


 そんな事ばかり考えていたのが、きっと悪かった。二年生に進級する際に行われるクラス替えの事を、私はすっかり失念していた。


 五十人足らずの二クラス分の人数をいくらシャッフルしたところで、確率は二分の一。同じクラスになるかならないかしかない。そして二年生の時に替わったクラスは、そのまま三年生へと引き継がれるので、高校生活残りの二年間が今後どのようなものになるか、このクラス替えにかかっていると言っても過言ではないくらいの緊張感が私達の中に確かにあった。


 だから正直、この時ばかりは普段信じてもいない神様に何日もの間、祈り続けた。どうか南さんと同じクラスにはなりませんようにと。


 それなのに、二年生になった一学期の始業式の日。昇降口に貼り出されたクラス分けの一覧表を見た時はショックだった。同じクラスに、私と詩織の名前が並んで記されていたのだから。

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