第15話





 私と南詩織が同じクラスになったのは、高校二年の進級時に行われるクラス替えでの事だった。


 ……とはいうものの、詩織の事は一年の時からよく知っていた。うちの高校は過疎化に近付きつつある田舎の町にふさわしいと思えるほど、年々入学してくる生徒が減っていっていき、私の学年の頃には人数は二クラス分しかいなかった。おまけに保健体育、美術、音楽、技術と四つの科目が合同授業で行われていたので、そんな五十人いるかいないかのひと学年で全員の顔と名前を記憶するには、一年もの時間があれば充分事足りた。


 まあ、それでなくても、南詩織という女子生徒はうちの学年ではある意味とても目立つ存在だった。美形で高校生離れした体つきをしていたから? いいや、違う。学年で一番頭が良くて、定期テストはどの科目でも上位独占していたから? それも全く違う。どちらかというと詩織は少し小柄な方で、成績も中の上で私と同じくらい。じゃあ、何故そんなにも目立っていたのかというと、三年間の高校生活でただの一度も体育の授業に参加しなかったからだ。


 詩織を初めて認識したのは、高校に入学して一ヵ月ほどが過ぎたくらいの体育の授業での事だった。


 その日の授業は体育館にある二つのコートを男女別に分けて、バレーボールをする予定だった。「俺様のスペシャルスパイクを披露してやるぜ~」と小学生並みに興奮している男子達の大声を半ば呆れながらネットの準備をする女子達に混ざろうと、コートの真ん中に向かっていた私の視界にあの子の姿が入り込んだ。


 詩織は私達と同じように体育着に着替えていたものの、体育館の壁にもたれるように両膝を抱えて座り込んでいた。まるで観察するかのようにじいっとこっちに視線を向けていて、それが何か言いたげに見えたせいか、違うクラスだと分かっていたのに妙に気になった。


 私はコートに向かっていた足を方向転換させて、詩織が座っている所へと向かった。詩織は最初、私のそんな行動に気が付かなかったのかぴくりとも反応しなかったけど、やがて自分の目の前に一人の人間が来た事に気が付くと、両目のまぶたをぱちぱちと何度も瞬かせてから、こっちをゆっくり見上げてきた。


「えっと……南さん? そこで何やってるの? あっちに行って、一緒に準備やろうよ」


 体育着の胸元にある小さな四角欄に書かれてあった名字を読んでから、思った通りの言葉を口にする。高校に入学して一ヵ月くらいだから、もしかしたらまだ少し気兼ねして、うまくクラスの輪に入っていないのかもしれない。だったらちょっと余計なおせっかいかもしれないけど、このまま隣のクラスの女子に取り次いで、一緒にネットの準備をやらせてあげよう。そんな、小さな親切心から声をかけたんだ。


 でも、詩織にとって、それは本当に余計なおせっかいだった。


「ううん、いい」


 詩織は、ぴしゃりとそう断ってきた。

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