第11話

「……みっともなく取り乱してしまって、本当にすみません」

「いいえ、そんなとんでもないです」


 ひとしきり泣いた後、落ち着いた私は直之と共に四人掛けのダイニングテーブルの方へと通され、灰色のスウェットに着替えてきた甲斐崎さんが入れてくれた熱いお茶をひと口飲んでから、そう詫びた。直之もそれに続いて「すみません」と頭を下げたが、甲斐崎さんはにこにこと人のいい笑顔を見せながら首を横に振った。


「こんな事を言うのも変なんですが、そんなに悲しんでいただけるとは思ってもいませんでした。詩織からは、高校時代で一番仲の良かった友人だったと聞かされていたのですが、卒業以来、一度も会っていなかったようですし、だとしたら、こうしてお呼び立てする事自体、本当は迷惑だったのではないかと心配でした。でも、どうやら私の杞憂だったようです」


 そう言った甲斐崎さんは、本当にひょろりとした体をしていた。頬もどこかこけてしまっていて、きちんと食事をしているのかこっちの方が心配になってしまうほどだ。それほどまでに、詩織を失った痛手は大きいのだろうと思っていたら。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが」


 ふいに、私の隣に座っていた直之がいきなり思ってもみなかった言葉を口にした。


「……甲斐崎さんは、今おいくつなんでしょうか?」


 じっと品定めをするかのような目つきで甲斐崎さんを見つめながら、そう言ってのける直之。そんな夫の様子を見て、私は心底呆れそうになった。ああ、この状況でもまだ疑うのか。まだ安心できないのかと。


 私達夫婦の事情などまるで知らない甲斐崎さんは、きょとんとした表情で直之を見つめ返していたが、やがてあははっと小さく笑ってから「今年、五十三歳になります」と答えてくれた。


 あまりにもあっさり、そしてさらりと答えてくれたものだから、私の脳はその情報処理に少し時間をかけるはめになった。今、五十三歳って言った? 私と詩織が同い年で、私は先月三十三歳になったから、それってつまり……。


「妻とは、二十歳差という事になりますね」


 私と直之が返す言葉を考えあぐねている間に、甲斐崎さんがまたあっさりと言う。ずいぶんと慣れてしまっているその物言いに私達が全く反応できないでいると、甲斐崎さんがまたあははっと笑った。


「大丈夫ですよ。この話題になると、大抵の方がお二人と似たような反応をされるんです。私の方はそれに慣れてしまったというか、むしろどこか楽しく思っていた節もありましたが、妻はいつも恥ずかしがっていましたね。『かわいい幼妻おさなづまとか言っちゃって、ただの惚気のろけにしか聞こえないからやめて』としょっちゅう怒られていました」


 照れ臭そうに言うと、甲斐崎さんは私と直之を交互に見つめてから、「私からもよろしいですか?」と尋ねてきた。

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