第7話

いくつもの景色を慌ただしく駆け抜けて、新幹線は私の故郷の町へと辿り着いた。


 新幹線を降りた瞬間、懐かしい匂いが鼻を掠める。反射的に顔を上げてみたら、屋根のない駅のホームに覆い被さるかのように桜の木々の枝が深緑の葉を茂らせていた。ああ、そういえば十五年前、このホームから新幹線に乗り込んだ時、桜の花が満開に咲き誇っていたっけと思い出した。


「……すごいな」


 私の視線につられたのか、直之も顔を上げて、視界いっぱいの緑色に思わず驚嘆の声をあげる。何時間かぶりに聞いた直之の声に、私はほんの少しだけ嬉しくなった。


「春になったら、もっとすごいわよ。ここら辺、皆ピンクに染まるから」

「……っ、早く行くぞ」


 私と会話が続きそうになった事にバツが悪くなったのだろう。はっと我に返った直之は、私からぷいっと顔を背けて先に狭いホームを歩き出す。本当、子供みたいだ。私はそんな直之の背中を追いかけるように、緑の茂るホームの中を進んでいった。







 駅を出た先の光景も、十五年前とほとんど変わり映えがなかった。


 駅の出入り口からすぐの所に少し小さな商店街があるのだが、大型のショッピングモールなどないこのあたりの住人はこぞってここを利用しているから、寂れるという事は全くなく、それなりに賑わっている。あ、あそこのたい焼きのお店、まだやってたんだ。懐かしいなあ、高校時代はよくあそこで買い食いしていたっけ。詩織と一緒に行った事も……。


「ねえ、ちょっと待って」


 直之がタクシーを捕まえようと道路のあたりをきょろきょろ見回してたのが分かったので、私は後ろから声をかけて止めた。


「あそこでたい焼き買ってくる」

「は? 何でだよ? 甲斐崎さんへの手土産ならもう用意しているだろ」


 直之がしぶしぶだが、ずっと持ってくれていた手土産の紙袋を掲げてみせる。確かにそれは、甲斐崎さんへのお土産だけど。


「詩織は、あそこのたい焼きが好きだったから」


 私がそう言うと、直之はしかめ面のままだったけどこくりと頷いて了承してくれた。


 たい焼きのお店の前まで行くと、店番をしていたのがずいぶんと若い男性だった事と味のレパートリーがかなり増えていた事に驚いた。十五年前までここの主は六十歳は過ぎていただろう白髪だらけのおじいさんで、味もこしあんだけだったのに。尋ねてみれば、男性はこの店を継いだ二代目であり、あのおじいさんの孫なのだと照れ臭そうに言った。


「じいちゃん、すっかり腰を悪くして、去年ついに引退したんですよ。俺も俺で人づきあいがうまくいかなくって社会人生活失敗しちゃったんですけど、そこをじいちゃんに鍛えられたから立ち直れたっていうか……だから、恩返しのつもりでこの店繁盛させようって決めた次第で。あ、この前ローカル番組ですけど取材も来たんで、味には自信ありますよ!」


 何にしますかと最後に尋ねられ、私は店先に書き連ねてあったメニュー表に一度目を通す。今、ここに詩織がいたら、どんな反応するんだろう。そう思いながら「やっぱり、こしあんでお願いします」と注文した。

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