第6話

パート先に頼み込んで何とか休みをもらい、直之も三日間の有休を取った事で、やっと甲斐崎雄一郎さんの元へ行く算段が付いたのは、それから一週間も後の事だった。


 十五年前に就職が決まり、高校の卒業式の翌日に私は実家の最寄り駅からこちらに向かう新幹線に乗った。祖父も祖母も寂しかったに違いなかっただろうに、駅のホームで私がこれまで育ててもらった事への感謝を述べると、とたんに満面の笑みを浮かべて快く送り出してくれた。


「元気で頑張るんだよ」

「何かあったら、いつでも帰っておいで」


 新幹線のドアが閉まる直前まで、祖父母は何度もそう声をかけてくれた。それなのに私は仕事を言い訳に一度も帰郷しなかった。逆にこっちの方に何度も呼び寄せてはいろんな所に案内したり、「おじいちゃんもおばあちゃんも、不便な田舎よりこっちの方で暮らさない?」などと言ったりしていたが、ついに二人とも首を縦に振る事はなかった。


 直之との結婚が決まった時も、わざわざ出てきてもらった。親類縁者との顔合わせの際は二人とも私以上に緊張していたけど、その場で初めて会った直之の手をしっかり握って「どうか孫娘をよろしくお願いします」と何度も頭を下げてくれた。結婚式や披露宴の時だって、まるで子供みたいにおいおいと泣いてくれた。


 そうまで私の幸せを願ってくれていた祖父母に申し訳ない気持ちも伴ったまま、私は直之と連れ立って十五年前とは逆方向の新幹線に乗った。


 十五年前は、新たな人生の一歩を踏み出す事への大きな期待とほんの小さな不安を抱えて飛び乗った新幹線だった。だが、今はひたすら重苦しい。あれからずっと直之は不機嫌なままで、今もむすっとした顔で駅弁を食べている。


「……そのお弁当、私も食べた事あるわ。十五年経っても変わらないってすごいよね」

「……」


 元は直之の方に非があったのだから、家庭内別居をしてきた事に今更後悔なんてないし、ひと言も口をきかなかった事も私は謝るつもりはない。だが、家の中ならともかく、さすがに帰郷の為の新幹線の中でまでだんまりを決め込むのはどうかと思ったので、当たり障りがないだろう駅弁の話を持ちかけた。だが、直之はちらりとこっちを見ただけで何も答えず、さっさと駅弁を平らげてしまうと、そのまま居眠りを始めてしまった。


「あの手紙一枚で、まだ私を疑ってるの!?」

「柏木さんにも協力してもらって得た貴重な三日間を、全部ふてくされて使うつもり!?」


 できる事なら、ふて寝している直之の耳元でそう叫んでやりたかったが、結局そうしなかったのは、やっぱり詩織の事が頭から離れなかったからだろう。私も両目を閉じて、到着までの時間を静かに過ごす事にした。

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