第3話

「俺への当てつけに、そっちも不倫していたんだろう!? こんなの、あまりにも卑怯だ!! ひどすぎる!!」


 ぎゃんぎゃんと語彙力を失くした大声で喚きたてる直之に、私は逆にどんどん冷静になっていった。


 どうして自分が不倫をしていたからって、妻も同じようにやらかすと思えるのだろう。プレゼンの時に見せてくれたあの流暢な物言いは、いったいどこに行ってしまったんだろう。これではまるで小さな子供のかんしゃくと全く変わらないじゃないの。


 呆れるあまりに何も言わないでいると、直之がぎろりとこっちをにらんできて、「塔子とうこ、聞いているのか!?」と食卓をダンッとこぶしで叩いてくる。私はそれに驚く事もなく、その食卓の真ん中に置かれていた甲斐崎雄一郎という人からの手紙に視線を落とした。そこまで言うのなら。


「開けてみればいいじゃない」


 どれだけぶりになるだろう、私は直之にそう言葉をかけた。


「そんなに気になるなら、今この場で開けてみればいいじゃないの。その手紙」

「えっ……」

「私は構わないわ、何もやましい事はないもの」


 思っていたものとは全く違う反応だったのか、直之の勢いがそこでぴたりと止まる。もう一度食卓に叩き付けようとしていたこぶしもへにゃりと力を失い、情けなく宙を泳いでいる。両目も落ち着きなく、きょろきょろとし始めた。


「い、いや、それは……」

「どうしたの?」

「お、お前宛てだろ!? それを俺が開けるのは……」

「私がいいって言ってるのに?」

「だ、だから……」

「意気地のない人」


 本当に、直之はいつからこんなふうになってしまったんだろう。もし、出会った当初にこんな事になると分かっていたら、結婚なんかしなかっただろうか。私はもっと別の安心できる人と添い遂げて、その人との子供を抱く事ができていたんじゃないだろうか……。


 はあっとわざとらしく大きなため息をついてから、私は「分かったわよ」と言うと、直之の全身がびくりと揺れた。


「私が開ける。その上で読み上げるから、いいわね?」

「……」

「それで取るに足らない内容だったら、今日はもうこの家から出ていって」

「え……」

「二駅先に、同僚の柏木かしわぎさんのお宅があったでしょ? 今日はそちらに泊めてもらってちょうだいね、私も後で連絡しておくから」


 唯一、私達の事情を知っていて、直之に説教までしてくれた柏木さんは、何かあれば惜しみなく協力するからと心強い言葉をかけてもらった事がある。この手紙の内容次第ではそれに甘えよう。直之の反論の言葉を待つ事なく、私は甲斐崎雄一郎という男からの手紙の封を開け、触り心地がよくて白い便箋の中身を読み出した。

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