第2話

話し合いの場には、不倫相手とその両親もやってきた。本当に若い女性で、もうすぐ結婚するとは思えないほどの幼さも残っており、私は一瞬責め立てる気持ちを失いかけそうになったが、向こうの両親がとてもていねいに頭を下げてきた事で、何とか自分の立場を見失わずにすんだ。直之が私の事をどうでもいいと思うほど彼女にのめり込んでいたら、きっとこうはならなかっただろう。


 もう二度と直之に会わない事。婚約者の方を大事にする事。今日の事を一生忘れず、真摯に生きていく事。この三つを守るという事を条件に、慰謝料の請求はしなかった。不倫相手と両親は、涙を流しながら何度も私に頭を下げ、最後に「ご恩情に感謝します」と付け加えて、話し合いの場から去っていった。


 家に帰ってくると、直之が開口一番、「許してくれてありがとう」と言ってきた。そこで私の堪忍袋の緒が切れた。何を言ってるんだろう、この人は。どうして許してもらえただなんて思えるんだろう。小学生のいたずらと同じレベルだとでも思っていたのだろうか。


 気が付くと、私はリビング中にあったありとあらゆる物を直之に投げ付けまくり、メチャクチャにしてしまっていた。ぜいぜいと息切れする中、視界の真ん中にいた直之はこれまで見た事がないほどみっともない姿を晒していた。両目に涙をためて、腰を抜かし、両腕を前に突き出しながら「頼むから、落ち着いてくれ」と何度も言って……。


 この日から、私と直之は家庭内別居を始めた。私がすぐに出ていってもよかったのかもしれないけれど、親を早くに亡くし、育ててくれていた祖父母も三年前に相次いで亡くなってしまったから、私には実家と呼べる場所がない。直之も自分の不貞で家を追い出されたなんて実家や親戚に知られるのは堪えるらしく、家に残り続けた。


 直之に関する家事を、私は一切しない。食事も作らないし、洗濯物だって干さないし取り込まない。寝室だって分けた、掃除も直之が使っているスペースはやらない。


もちろん、直之が私のご機嫌取りに買ってきた数量限定の高級ケーキにも口をつけなかったし、ひと言も話をしなかった。


 我ながら子供じみた事をしているという自覚もあったし、どのタイミングでこれらをやめるべきか。不倫をした事は一生許せないし忘れられない事だけど、それでも直之は反省しているようだったので、再構築の余地はあるかなと思っていた矢先だった。我が家のポストに、一通の手紙が届いたのは。


 宛名は私だったが、送り主の名前に一切心当たりがなかった。甲斐崎雄一郎かいざきゆういちろうだなんて名前、親戚にもいなかったと思うし、これまでの人生をいくら振り返ったところで、そんな名前の人物に出会った記憶がない。だというのに、その手紙を見つけたとたん、それまでずっと落ち込み続けていた直之の顔にさあっと赤い色が差し込み、私に反撃の狼煙を上げた。

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