あの日の私に、しおりは挟めない
第1話
「……やっぱりお前だって、やる事やってたんじゃないか。それなのに、俺だけ責められるなんて理不尽があってたまるか!!」
いったい、どの口でそんな大層な事を言っているのか。私は食卓を挟んだ正面に座って、これでもかとばかりに勝ち誇った顔でそう言い出してきた夫・
直之が不倫をしている。そう気付いたのは、本当にありきたりな偶然だった。
彼とは高校を卒業後、すぐに就職した会社の取引先で知り合った。私より二つ年上でまだ若かったのに、真摯な態度で仕事に取り組み、そこに誇りを持っていた。プレゼンの際の流暢な言葉選びにも惹かれた。そして何より、自分の能力や才能を大仰にひけらかす事なく、誰に対しても誠実なところが何よりも大好きだった。
それが、出会ってから十五年。たった十五年で、こんなに変わってしまうだなんて思いもしなかった。
確かに直之は、出会った当初から機械オンチだった。信じられない事だけど、いまだにDVDの録画予約設定もできない。何度説明しても頭の中からすり抜けていってしまうらしく、会社と家庭でのギャップにかわいらしく思っていた時期もあった。
だけど、まさかスマホのロック設定すら満足にできないとは思いもしなかった。そんな完全に無防備なスマホをリビングにほったらかしにしてお風呂へと入り、そこにやってきた不倫相手のLINEメッセージが通知欄に出たところを妻に見られるという可能性を考えていなかったと返された時は、もっと信じられない思いだった。
口にも出したくないほど、不倫だと見て取れるそのメッセージについて問いただしてみたら、直之はあっさりと白状した。相手は取引先の受付嬢で、十歳も年下である事。お互い後腐れのない遊びのつもりであり、向こうにも近々結婚する婚約者がいるとの事。だから、元より家庭を壊すつもりはなく、私と別れる気も最初からなかったとの事……。
「どうして不倫なんかしたの?」
万が一、会社の誰かに知られてしまえば、直之がこれまで積み上げてきた信頼やら何やらが全て水の泡になってしまうというのに。どうしてそんな怖いもの知らずな真似をしたのか、それが一番知りたくて聞いてみたら、これもまた思ってもいなかった答えが返ってきた。
「寂しかったから、かな?」
本当に、何を言ってるんだろうと思った。
出会って十五年、付き合って四年。そして、結婚して十一年。子供はまだいないし、私は元の会社を辞めて別の職場でパート勤めをしているけれど、いつだって私は直之の側にいたのに。この人だって、私と一緒にいる時はいつも幸せそうに笑っていたし、何かしらの不満を口にしてきた事は一度だってなかったのに。それが言うに事欠いて、寂しかったから? 全く、意味が分からなかった。
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