第131話
「…っ、うああああああっ!!」
嘘だろ、と思った。こんな炎と煙の中、まだ他に人がいるだなんて。
「おいっ!今、叫び声が聞こえたぞ!!」
「冗談だろ!?このじいさんが最後じゃなかったのか!?」
ぐったりとしているじいさんの顔の向こうで、飯塚も信じられないと言わんばかりに声を張り上げる。俺だって信じたくないが、聞き間違いなんかじゃない。「頼む」とじいさんの身体を飯塚に押し付け、俺は立ち込める黒煙を掻き分けるようにして叫び声が聞こえたあたりに向かった。すると、横たわっている一つの人影が見えてきた。
「君、大丈夫か!?」
すぐにしゃがみこんで、状態を確認する。煙を余分に吸い込まないよう、身を伏せていたのか。なかなか頭が回るなと感心していたら、ずいぶんと若い男の声が返事をしてきた。
「大丈夫じゃ、ないかも…」
「え?」
二十代…いや、下手したら十代か?何でこんな若い子が、平日の昼間に喫茶店にいたんだ?そんな俺の些細な疑問は、彼の右足を見た瞬間、どうでもよくなった。
「うっ…!」
思わず呻いてしまった。爆発に巻き込まれてしまったのか、彼の右足のふくらはぎの所から肉が無残にえぐり取られていて、骨が丸見えだった。しかも、その骨も一部が削れて細くなっている。誰がどう見ても重傷で、このせいで動けず身を伏せてしまっていたのかと思い至った。
その時、ふいに天井の方でバチバチッと不穏な音がした。反射的に見上げてみれば、まだ勢いが死んでいない炎が天井を昇って舐め尽くそうとしている。全焼寸前だ。
俺は、煙の向こうで待ってくれているだろう飯塚に向かって声を張り上げた。
「要救助者発見!俺がこの子を連れていくから、そっちはそのじいさんを!」
「了解、急げよ!もうすぐ焼け落ちるぞ!」
状況を正しく理解してくれた飯塚の足音が、あっという間に遠ざかっていく。少し酷だろうが、飯塚ならきっと一人でもあのじいさんを運べるだろう。
問題はこっちだ。この重傷者を、俺一人で最後まで運び切れるか…?
「上等だ、やってやる」
さっき、目に映ったご遺体を思い出す。きっと、あのじいさんの奥さんだ。あの人は助けられなかったけど、こいつだけは…!
俺は気合を入れて、彼に向かって両手を伸ばし、その動けない身体を横抱きに抱え上げた。
「無理に動くな、俺が運んでやるから。痛むだろうが我慢してくれよ」
よし、行ける。少し安定感が足りないが、この程度なら…!
もうすぐ葛木大隊長に支持された十分が終わる。この店ももうすぐ崩れ落ちる。急がなくては。
それなのに、さらなる現実がいきなり俺の眼前に突き付けられた。
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