第130話
その時。
「きみえ…。どこ、だ…」
聞こえた!
微かに、だが確かに聞こえた。数メートル先に見える奥まった所に付けられたドアの所から、人の声が聞こえた。俺はそこを指差しながら、大声を出した。
「あそこだ!あそこに人が残っている!」
「マジか!?くっそ、ヤバいぞ急げ!」
飯塚の言う通りだ。店の裏手にあるガスボンベからの爆発という事前情報が正しいものなら、あそこは壁を挟んでそのガスボンベが置かれていたであろう位置に最も近い。あんな所に取り残されているのなら、救助自体も困難になってしまう。
急げ、急げ。絶対にこの地獄から助け出す。絶対に生きて、ここから連れ出す。
その一念だけを胸に、俺と飯塚はドアのすぐ前まで走り抜けた。
どうやらそこは、トイレのようだった。少し分厚い造りのドアになっていたが、爆発の衝撃で蝶つがいと鍵が壊れて半分開いているような状態になっていて、そこを飯塚が両手で思いきり掴んで引き剥がすように開けると、中の便器にもたれかかるようにしてうずくまっているじいさんがいた。
「大丈夫ですか!?」
ドアを支えている飯塚の横をすり抜けて、俺はじいさんに目線を合わせるようにしゃがみ込む。頭を打ったのか出血がある。意識も
「き、みえ…、大丈夫、か…?怪我、してないか…?」
何故かじいさんは指先を次から次へと奇妙な形に動かしながら、俺に言葉をかけてくる。きっと、爆発のショックで混乱しているのだろう。俺はじいさんに「もう大丈夫ですからね」と励ましながら、その肩に手を回した。
「飯塚、右側に回ってくれ」
俺一人で力の抜けきったじいさん一人を運び出すのは容易ではないと判断し、俺よりも力のある飯塚に手伝いを促す。だが、飯塚はドアを挟んだ反対側の床のあたりをじっと無言で見つめていて、すぐに反応してくれなかった。
「おい、飯塚。どうし…」
「くそぉ…!」
俺の言葉を覆うように聞こえてきた、飯塚の悔しそうな声。まさか、と思いながら、その床の方に俺も目をやれば…そこには、一つの真っ黒な焼死体があった。
「女房、そこに…います、よね…?さっきまで、一緒に…」
じいさんの弱々しい声が、はっきりと耳元に届く。じゃあ、このご遺体は…。
不幸中の幸いとでもいうべきか、ご遺体はトイレとカウンターの仕切りの間にできている袋小路のような場所に横たわっていた。そこは煙こそ充満していたものの、放水の影響もあって、もう炎が苛んでくる様子はない。だから、これ以上の損壊はないだろうと思えた。
「大丈夫だ、じいさん」
後で知ったら、きっとショックが大きいだろう。だが、今はこんな気休めしか言えなかった。
「後で連れ出してあげるよ」
「よ、ろしく…」
そう言うと、安心してしまったのかじいさんはがくりと気を失ってしまった。さらに力が抜けた老人の身体は支えづらく、そこでようやく飯塚が右側に回ってきてくれた。
「行くぞ」
飯塚も俺と同じ気持ちなのか、声が震えている。助けられなかった。俺達が、もっと早く現着できていれば。もしかしたら。
そんな後悔に蝕まれながら、飯塚と足並みをそろえつつ、急いで入り口に向かっていた時だった。
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