第126話
その指令が署内アナウンスに響いてきたのは、午前中のデスクワークが終わって、皆でいつもの宅配弁当屋に注文している焼き肉弁当を半分ほど平らげていた時の事だった。
『本部から各局。火災指令、火災指令。T市M町においてガス爆発による火災発生。出場・葛木第一小隊』
無機質と思えるほどの指令音に、淡々と現状のみを伝えるアナウンスの声。たったそれだけで俺達の身体は条件反射を起こし、食べかけの弁当を置き去りに走り出す。一気に更衣室まで駆け抜け、より安全性と機能性に長けた銀色の防火衣を装着。数十秒で、葛木班の全員が消防車の前に集合した。
「よし、出動!」
葛木大隊長を先頭に、皆が消防車の中に乗り込み、出動する。猛スピードで
『火災現場は、T市M町三番地喫茶店「natural」。裏手に設置されていたガスボンベの破損によるガス爆発と見られる』
『要救助者多数。現在、救急応援を要請。先着した消防隊は、状況に応じて報告並びに消火活動開始』
「了解。葛木班、あと二分ほどで現着します」
消防車のハンドルを握りながら、飯塚が固い表情と声で応答する。この姿だけ見てれば、さっきまで「Cカップ以上の女の胸には夢とロマンが詰まっている」などとほざいていた奴と同一人物だとは到底思えない。
今回も全員無事に帰る。俺達消防士も、火事に巻き込まれてしまった人々も全員恐ろしい炎の手から逃げ切って、守り切って、無事に帰ってみせる。そう思っていたのに、わずか一分ほどでそれは打ち砕かれた。
「な、何だありゃ!」
あとほんの百メートルほどで現着できるというところで、珍しいと思えるほど葛木大隊長の驚く声が響く。それと同時に、飯塚が急ブレーキを踏むものだから、奴のすぐ後ろに座っていた俺は危なく運転席の背もたれに顔をぶつけそうになった。
「ぐっ…。おい、飯塚!何やってんだ!」
「それはこっちのセリフだ、あれ見ろ!」
俺の文句に怒鳴り返しながら、飯塚がフロントガラスの向こう側を指差す。何だと思って俺も上半身をそちらの方に向けてみれば、信じられない光景がそれ越しに広がっていた。
火災現場となった『natural』は、閑静だが少し入り組んだ造りの住宅街の中にあった。
その住宅街の道幅は通常より少し狭かったが、特に何事もなければ消防車は通り抜けできないほどではない。だが、ガス爆発火災という非日常的な状況が人々の好奇心にまで火を点けてしまったんだろう。ただでさえ狭い道にバイクや自転車、しまいには乗用車までがそこかしこに停められいて、俺達の邪魔をしていた。
「くそっ…!」
大声は出すが、冷静さを保つ事を信条としている葛木大隊長も、この状況にはさすがに腹が据えかねたのだろう。スピーカーのマイクを手に取り、ボリュームを最大限に上げると、昼の青空を黒く染め上げる煙と真っ赤な火の粉をスマホで撮影している野次馬達に向かって怒鳴り散らした。
「てめえらぁ!そんな事してるヒマあるなら、とっととこれ退かせぇ!!」
消防車の中も、熱気に蒸せた空気もビリビリと震えさせる怒りの声だった。
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