第122話
藍子の父親が病気で亡くなり、その喪が明けてしばらく経った年の頃。さすがに何かおかしい、変だと感じたのか、藍子がひどく気まずそうに相談を持ちかけてきた。
「もし、よかったらなんだけど…一緒に産婦人科医に来てほしいの」
俺は、すぐには首を縦に振らなかった。
子供は天からの授かり物。できる事なら自然な形で新しい命を迎えたかったし、お互いにまだ焦るような年齢に達している訳じゃないと考えていたからだ。
そもそも仕事の都合上、そう長い時間休みが取れる訳でもなく、ましてや病院なんかに行ってどちらかに原因があるとでも言われたら…。どちらに転んでも、藍子を傷つける結果でしかない。そう思うと、怖くてなかなか踏み出す事ができなかった。
そんな意気地なしの俺に対して、藍子は肝が据わっていた。男の俺よりもずっと不安で仕方なかっただろうに、いつも明るい笑顔を浮かべながら「私は大丈夫だから」なんて言う。本来そうしなければならないのは俺のはずなのに、その笑顔にどれだけ救われたか分からない。
何とか有休を駆使して、時間を取る事ができたのは最初に説得されてから半年も後の事だった。自宅から少し離れた産婦人科病院を訪れ、そこで長い診察や検査などを行った結果、藍子の子宮内にある卵管の幅が若干狭い事、そして俺の精子の量と運動率が平均より少ない事が分かり、この二つが妊娠しにくい要因ではないかと告げられた。
これくらいなら、まだ本格的な不妊治療に踏み切らなくてもいい。まずは自然妊娠で授かれる事を目指して、治療していきましょう。担当となった先生からそう言われて、藍子はうっすらと目に涙を浮かべながらうんうんと頷く。そんな彼女を見て、俺も心から安堵する事ができた。
だが、ここからが藍子にとって大変な日々が続いた。
予定される排卵日を確実に知る為に、毎朝欠かさず行わなければならない基礎体温チェック。そしてその排卵日に間に合うように、月に一度のペースで病院に赴き、卵管の幅を広げるという処置を受けなければならなかった。
その処置というのが、ある程度の個人差はあるにしても藍子に相当の激痛を与えた。
詳しい事は藍子が恥ずかしがって最後まで教えてもらえなかったが、どうやら卵管に医療用のガスを送り込むとかなんとかで、その際に腹部に来る圧迫感と痛みに脂汗が止まらないという。よほど歯を食いしばっているのか、処置を受けた日は唇が荒れていたし、俺が帰ってきてもベッドから起き上がれないなんて事はざらだった。
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