第121話

俺と藍子の出会いは、何の変哲もない合コンという場での事だった。


 一度勤務に出れば二十四時間は拘束される事になる消防士に、出会いなどほぼ皆無に等しい。そこで一ヵ月に一度の割合で何人かとシフトを合わせ、馴染みの居酒屋へ飲みに行く事が数少ない楽しみになっているのだが、あの日はいつもと違っていた。


「おお、こっちこっち!お前ら泣いて喜べ、女子が来たぞ!」


 いつの間にそんな手回しをしていたのか、同僚の一人がやたらテンション高く居酒屋の入り口に向かって手を振っていると思えば、そこには五人で飲んでいた俺達と同じ数の女性達がいて、その中に藍子がいた。


「…な、中沢藍子なかざわあいこです」


 自己紹介の時、はにかむようにそう言ってきた彼女を素直にかわいいと思えた。見劣りをしている訳ではないが、それでも他の子達と比べるとどこか地味な印象が抜けず、服装もおとなしい感じだったが、その控えめなところが日本女性的な魅力に思えて、俺はすぐ藍子に夢中になった。


 俺達の結婚式の時も、合コンに来ていた女性達は出席してくれた。その祝辞スピーチで聞いた話だが、藍子は彼女達に半ば強引に連れ出されて合コンに参加していたのだという。もう社会人になろうというのに男っ気が欠片もないばかりか、今は恋愛よりも仕事の方が楽しいなどと言い切るので、おせっかいとは思いつつ、少しでもいい出会いがあればと気を回したのだと。


「あの時は本当に余計なお世話だと思った。ああいう席って苦手だったし、よりにもよって好きになっちゃったのが消防士だった訳だし」


 籍を入れて新居に引っ越ししたその日、藍子はそう言って笑っていた。それを聞いて、俺は「そりゃそうだ」なんて言葉を返す。


 消防士という職業は、常に危険が付きまとう。何も起こらないのが一番いいのだが、それでも二十四時間署内に詰める事になるし、車両や消防機器の点検、現場を想定した過酷な訓練が欠かせない。


 そしてひとたび火災発生の一報が入れば、勤務中である限りどんな時でも即出動。炎と煙が立ち込める危険な現場に赴かなければならない。


 そんないつ死ぬかも分からないような男の元へ、大事な娘をやれるか。娘を未亡人にするつもりかと、何度藍子の父親に怒鳴られた事か。それでも最後は折れて、結婚を認めてくれた事は本当にありがたい。


 なのに、藍子の父親に孫の顔を見せてやれなかった。


 結婚して数年が経っても、俺と藍子の元に子供が生まれてきてくれる事はなかった。

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