第119話
「だって、カナのばあさん死んでんだぜ?この間の、ほら喫茶店の火事。あれで死んだんだってよ。そんなババアに殺されるとか、ありえねえだろ?逆にどうやって殺すってんだよ、やってみろってんだ」
その瞬間、俺の頭の中が沸騰した。まだ、いたんだ。俺と同じような人が。章介と同じように現れた人が。
気が付くと、俺は松葉杖を放り出して、そいつに腕を伸ばしていた。
「…今すぐ、その子の所に行け!」
「う、うわっ!何だぁ!?」
そいつ――拓弥って奴は、いきなり襟元を掴んできた俺に相当驚いたのか、掴み返す事もできずにされるがままになっている。その代わりに、周りにいた男達が「何すんだ、てめえ」とか言ってきたけど、俺の右足のギプスと道に転がった松葉杖がそれぞれ目に留まったのか、無理矢理拓弥から引き剥がそうとする事はなかった。
「な、何だよお前!いきなり…」
「俺はその火事の関係者で、経験者だ!」
拓弥の襟元を掴む腕に、知らず力が入る。俺の経験を話したところで、この軽い感じの奴には到底伝わらないだろう。バカにされるのが関の山だと思う。
でも、伝えないと。上岡さんが俺にしてくれたみたいに、こいつに話さないと。
「すぐに、そのカナって子の無事を確かめに行け!」
「あぁ?何でそんな事、初対面のガキに言われなきゃいけねえんだよ!?」
「その子の言ってた事は、きっと本当だ。俺には分かる!」
「え…」
「俺も同じだ。俺の場合はたまたまいい方向に終わったけど、その子はまだ分かんないだろ!?もしかしたら、本当に殺されるかもしれないんだぞ!」
「……」
「本当に大事な事、ちゃんと伝えないと後悔するぞ。俺の親友は後悔させないでくれたけど、それは死んでからだった…。本当は生きてる間に仲直りしたかった!」
「……」
「早く行け!まだ間に合うから!」
今の俺は、きっと支離滅裂な事ばかり言ってる変なガキにしか見えてないだろう。それでもいい、こいつが分かってくれるなら。こいつに、俺と同じ思いさせたくなかった。
やがて、拓弥がパシッと俺の両手を弾いて、二~三歩後ずさる。「拓弥?」と仲間の誰かが声をかけるが、薄暗い街灯の明かりでも分かるくらい顔色が青くなっていた。
「カ、カナ…!くっそ、葬式って何着て行きゃいいんだよ!」
そう叫ぶや否や、拓弥は勢いよく元来た道を走り出した。突然の事に面食らった他の連中も慌てながら、その後を追っていく。
再び一人になって、緊張が解けたのか。俺は塀に寄りかかった後、そのままゆっくりと腰を落としていった。深いため息が口の奥から漏れ出てくる。
「よかったぁ…」
100%の保証はないけど、これできっとあいつはカナって子の所に行ってくれる。後はその子の無事を祈るだけ。
「大丈夫だといいけど…」
『大丈夫に決まってるだろ』
周りには誰もいないはずなのに、ふいに背後から聞こえてきた、その声。そして、俺の肩にかけられてきたべちゃりとした感触。
思わず、勢いよく振り返る。そこには、章介がいた。死んだ時のままの、下半身の欠けた章介が俺の肩を掴んでいる。
『一発かましてやったな。さあ、この次は?』
俺は、恐怖を感じる事もなく「決まってるだろ」と答えてやる。その瞬間、章介は煙のように掻き消えて見えなくなった。
「…いい加減、成仏しろよ。俺の目標完全制覇まで背後霊やるつもりか?」
そう思ったら、何だかおかしくなって俺は一人で笑った。
さて、そろそろ奈津美に連絡をしようか。
第三話 完
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