第117話
泣いて泣いて、泣きまくって、気が付いた時にはあたりはもうすっかり暗くなっていた。
上岡さんは俺が泣きやむまで、ずっと付き添ってくれていた。泣きすぎて過呼吸を起こしそうな俺の背中をさすってくれたり、ハンドタオルを差し出してくれたり。確か、経験者だって言ってた。だったら上岡さんも、あの火事で…。
「すみません。上岡さんだってつらいのに…」
詳しい事を聞くつもりはなかったけど、俺と同じなんだと思ったらふいにそんな言葉が口から出てしまった。一瞬気を悪くさせてしまったかと思ったけど、上岡さんは優しく微笑んで「いいんだ」と首を横に振ってくれた。
「おかげで、君達の仲直りの手伝いができた。あの子には本当に感謝してるんだ」
「あの子…?」
「ああ。あの子が俺を導いてくれた、まだやるべき事があるんだよってね」
そう言うと、上岡さんはすくっと立ち上がった。そのままどこかへ行ってしまいそうな気がして、「今度は誰の所へ?」なんて聞いてしまった。
「うん?まあとりあえずは、『被害者の会』の会長さんの所かな。娘さんを亡くされてる上、その彼氏にひどく当たっているようだからね。きっと彼女は心配して現れると思う」
「……」
「遠藤君」
「はい」
「今回の事、君はこれからどうやって活かしていく?」
真剣な表情で、上岡さんは問いかけてくる。ほんの少しの間を開けた後で、俺は「まだ分かりません」とはっきり答えた。
「でも、章介が最期に言ってくれたんです。『一発かましてやれ』って」
「ん?」
「俺達にとって、これは何でもできる魔法の言葉なんですよ」
そうだ。章介のこの言葉のおかげで、俺はこれから先、どんな事があっても何でもやっていける。何でもうまくやれる。きっと、全部やりきる事ができる。
「だから、大丈夫です」
「そうか。じゃあ、送っていかなくても平気だな?」
「はい。まずはここから自力で帰ります」
そう答えて、俺は二カッと笑ってみせる。すると上岡さんも笑い返してくれて、それからすぐに背中を向けて歩き出した。
「お元気で!」
遠ざかっていく背中に向かって叫ぶ。上岡さんは黙って片手を軽く掲げただけで、もう決して振り返る事はなかった。
たぶん、これでもう二度と上岡さんと会う事はないだろうと思う。でも、それでいいとも思った。
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