第115話
正直言うと、それからしばらく後の事はあんまりよく覚えていない。
気が付いたら、自分の部屋のベッドにパジャマ姿で寝ていて、両親が心配そうな顔で俺を見下ろしているのが最初に目に映った。それと同時に、両腕の中にいたはずの章介がどこにもいない事に気付いて、つい「章介は…?」と尋ねた事で、二人から詳しい話を聞かされる事になった。
その話と俺の記憶を統合すると、まさにこんな感じだ。
あれから、章介の家はとんでもない事になっていたそうだ。何といっても、章介の遺体が忽然と消えたのだから。
俺を送り出した後、章子さんは再び章介の部屋に戻って最後のひと時を過ごそうとしたが、ベッドで横たわっていたはずの章介の遺体がなくなっていた事。そしてまるで這うように引きずられていった血の痕が、そのベッドから窓に向かって伸びていた事に半狂乱となって叫び声をあげた。
それを聞き付けたマスコミ達はこぞって家の中に押し入ろうとしたが、そこに最悪のタイミングというべきか、あの喫茶店の奥さんが弔問に来てしまった。その事に目ざとく気付いた一人のジャーナリストが奥さんにまとわりついたそうだが。
「その人、いきなり死んじゃったんですって」
しかも、ものすごい奇妙な死に方で。そう言って、母さんがぶるりと肩を震わせるものだから、俺はその事に関してはそれ以上聞かなかった。
とにかく、そのジャーナリストが死んだ事で章介の家の周りは余計に騒然となり、ついに警察まで出てくる事態になった。そして、警官の何人かが道路に続いていた血の痕を追っていった先で、章介の遺体を抱えて意識を失っている俺と、そんな俺に「しっかりしろ!」と叫び続けてくれている上岡さんを発見したという訳だ。
章介の遺体を抱えたまま離さない俺の姿を見て、当然だろうが、警察は俺を疑った。それを払拭してくれたのは、上岡さんだったという。
『暗かったので顔は分かりませんが、知らない大男が杉田君の遺体を運んでいました。それを遠藤君が、怪我を押して取り戻している様子をこの目で見ました』
『よく考えてみて下さい。遠藤君は右足に重傷を負ってるんですよ。そんな身体でどうやって遺体を盗んで、ここまで引きずってこれるというんですか!?』
そう強く力説してくれた事で、俺はその場で解放された上、上岡さんが家まで送ってくれたという訳だ。それが、二日前だという。
「じゃあ、章介の告別式、終わってんだな…」
「ああ」
父さんがこくりと頷く。そうか、あれが章介との本当のお別れになっちゃったのか…。
「何があったんだ?」
父さんがぐいっと顔を近付けて問いかけるが、俺は首を横に振りながら「分からない」とだけ答えた。言ったところで信じてもらえないだろうし、言いたくないと思った。俺と章介の最後の会話を、誰にも教えたくなかったから。
「気が付いたら、ああなってたから」
「そうか、よく頑張ったな」
そう言うと、父さんは手に持っていた小さな紙切れを俺の手にそっと握らせてきた。
「何かあったら連絡下さいと言われたが、お前の口から礼を言った方がいい」
手のひらの中の紙切れを見てみると、そこには一つの電話番号と『上岡公平』という名前があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます