第114話
「う、そ…だか、らな?」
あははっ…と、力なく笑いながら章介が言ってきた。
「見、損な…た、だな…て、うそ…。淳也…は、俺の、だい、じ…な…」
「章介…」
「ご、め…。ほんと、に…ごめ…ん…」
「いいから!もういいから、謝んな!」
もうこれ以上、章介の口から「ごめん」なんて聞きたくなかった。俺は章介を抱えたまま、ずるずると這うように動き出した。
「章介、今から病院に連れてってやる。今度は助ける、絶対に助けるから!」
俺の中で、またさっきの考えが出てきていた。
助ける。今ならきっとまだ間に合う。病院に連れていって、助けてもらうんだ。その後で、また仲直りする。また、ごめんって言うんだ。
だけど、やがて俺の身体は言う事を全く聞いてくれなくなった。こんな時に飲んでいた痛み止めの効き目が切れて、えぐれている右足に鋭い痛みが走る。思わず「ぐうっ!」と呻いたが、それでも俺は章介の身体を離さなかった。
「ああ、くっそ…!こんな、痛み、ぃっ…!」
「じゅ、ゃぁ…」
「大丈夫だ、絶対病院まで連れてくから」
こんな事なら、もっと真面目にリハビリのメニュー組んでもらえばよかったと、少し後悔する。そしたら、もっとうまく動けただろうか。もっとうまく、章介を助ける事ができただろうか…。
俺がそう思ったのは、襟元を掴んでいた章介の手の力がゆっくりと抜けていっている事に気が付いたからだ。
「え、章介…?」
「ごめん、な…じゅん、や…」
「か、身体が痛むのか?ごめん、ごめんな無理させて…、もうちょっとだけ頑張ってくれ」
「ごめ、ん…」
「俺こそごめん、章介。だから、もう謝んな…」
「ご…め、んなぁ…」
謝るなって何度も言ってるのに、それに応じるみたいな感じで章介は謝ってくる。だから俺も、そのうち「ごめん」って返すようになって。二人で何度もそう言い合った。
俺の身体が完全に動かなくなって、また仰向けに寝転んでしまった頃だ。もう何度目か分からなくなった「ごめん」を言い終えた章介が、最期の言葉を放った。
「じゅん、や…。い…ぱつ、かまし、て…や…」
小学三年生の頃から、ずっと聞いていた章介の口癖。これを聞くたびに、何もかもが不思議なくらいにうまくいってきた。
だから、今もそうだって思ってたのに。
「章介。何、黙ってんだよ…」
それっきり、章介はもう何も言わなくなった。動かなくなった。俺の襟元から手が離れて、べちゃりと内臓がアスファルトの上にまろび出た。
それでも俺は、章介を抱きしめる手を離さなかった。やがて、特にどこも怪我していなさそうな上岡さんが近付いてきて、俺に向かって「しっかりしろ!」と怒鳴り散らしてくれるまで、ずっと…。
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