第112話

それもそうか、当然だと思った。


 章介の死の要因には、全て俺が関わっている。


 あの瞬間、章介を怒らせて席から立ち上がらせていなければ。俺が、あの喫茶店に行けばいいとか言わなければ。


 章介が奈津美に告白すると言い出した時、うまい事言ってやめさせておけば。俺が奈津美と付き合っている事を秘密にしていなければ。一番始めに章介から相談を受けた時、正直にそれを話していれば。


 そもそも、俺が章介の親友でさえなければ。章介が、俺なんかと出会ってさえいなければ…。


「…そうだよな。足りっこないよな」


 奈津美と別れたのも、陸上をやめると決めたのも、章介に対する贖罪のつもりだった。


 でもそれは、結局ただの自己満足だ。実際には、誰からもそんな事は強要されていない。奈津美でさえ、自分が陸上部を辞めるからって言ってたじゃないか。


 今になって、何てバカバカしいと思う。そんな事して何になる?それで、いったい誰が満足する?誰が納得してくれるっていうんだ?


 少なくとも、今、俺の目の前で唸り続けているこいつは絶対に納得しない。だから、こうして俺を…。


「本当に、ごめんな。章介…」


 俺は一切の抵抗をやめた。全身の力を抜き、章介の上半身を引き剥がそうとしていた両腕もぱたりとアスファルトの上に投げ出して仰向けに寝転ぶ。章介の表情は、何一つ変わらなかった。


「奈津美と別れた、陸上もやめる。そんなきれいごとをいくら並べたって、お前の足が元に戻る訳じゃない。俺のやった事がなかった事にもならないのにな…」


 自分が生き残ってしまった事が、本当に情けなくて悔しい。こんな思いをするくらいなら、章介にこんな事をさせてしまうくらいなら、俺が死ねばよかった。俺が、あの炎に巻かれてしまえばよかったんだ。


「遅くなってごめん。もう抵抗しないから」


 章介の好きにすればいいと思った。呪い殺すなり、どこかのゾンビ映画みたいに噛み殺すでもいい。何なら、全身ズタズタに引き裂いたって構わない。


 それだけの事をしたんだから。生きていた頃の章介がどんなにいい奴でも、こんな姿になるような仕打ちをしてしまったんだから。これでもかってくらいに怒り狂って、存分に恨みを晴らせばいい。


「ヴゥゥゥゥ…!」


 章介が、抑えこんでいた俺の肩から手を離した。そして、ゆっくりと俺の襟元を掴んできた。


 そうか、絞め殺すのか。それともこのまま持ち上げて、俺の首に噛み付くのかな。


 どっちでもいいか、どちらにしたって苦しむんだから。それでほんのちょっとでも、章介の気が晴れるんなら…。


「ごめん…」


 もう一度だけ謝って、俺は両目を閉じる。


 これで終わりだ。そう思ったら、さっきまでの恐怖心が嘘みたいに消えてしまって、俺は次に訪れる死の感触に落ち着いて身を委ねる事ができた。

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