第111話

「じゅんやああぁぁぁぁぁ!」


 それまで伏せていた顔をばっと持ち上げてきた章介は、先ほどよりももっと恐ろしい表情をしていた。


 とにかく、その両目から溢れる血の涙が止まらない。白目の部分までも真っ赤に染め上げ、開ききった瞳孔で憎々しげに俺を見つめている。そして、かあっと大口を開けているものの、あの炎の影響があったのか何本もの歯がなくなってしまっていた。


「ヴアァァァァ!」


 咆哮のような唸り声をあげながら、章介の両腕が俺の両足に向かって突き出されてきた。完全に無防備の上、怪我をしている右足の方を殊更強く押されてしまっては、今の俺に為す術なんてなく。俺はものの見事にその場に尻餅をついた。


「う、わっ…」

「アアァァァ…!」


 ずしりと、胸のあたりに何かの重みが加わった。尻もちをついてしまった時に両目を閉じてしまっていたから、何が乗ってきたかなんて見ていない。でも、察するにはあまりにも充分すぎた。見るな、見るなと脳が警告をしている。それなのに、俺の両目はその警告を無視して開いてしまった。


「じゅんやぁ…!」


 もう、本当にすぐ目の前。ほとんど間がないと言ってもおかしくない。それくらい近い場所に、章介がいた。下半身が吹っ飛んでいる俺の親友が、俺の胸の上に乗り上げて、俺の肩を掴んで抑え込んでいる。そう理解した瞬間、俺の口からみっともないくらいの悲鳴があがった。


「ひ、ひいぃぃぃっ!」


 こんな発狂じみた叫び声なんて、ドラマか映画でしか聞かないと思っていたのに。まさか自分の口から出る事になるなんて夢にも思っていなかった。頭ではそんな事をどこか冷静に考えている半面、俺の両腕はばたばたと動いて章介を引き剥がそうともがいた。


「や、やめろっ。離れ…、うわあああっ!」


 ついさっきまで、苦しんでいる章介を助けたい。それから謝って仲直りをしたいと思っていたはずなのに。今の俺はとにかく必死になって、乗り上げてくる章介から離れようとしてる。こんな俺の身勝手さのせいで、章介は死んだっていうのに。また同じ事を繰り返そうとしている。


 でも、心の底からせり上がってくる尋常でない恐怖を全く抑える事ができない。目の前にいる章介が、とにかく脅威でしかない。俺の肩を掴んで離そうとしない章介を、ただただ恐ろしいものとしてしか捉えられなくなっていた。


「や、やめろっ。しょうす、け…、ひいいっ!」


 上半身を左右に捩じるようにして、何度もアスファルトの上を転がる。それでも、章介の腕は俺の肩から離れない。それどころかますます力が強くなっていくし、腹の上でべちゃりと濡れるような感触があった。それが何か分かった瞬間、俺は悟ってしまった。


 こいつは、俺を呪い殺しに来たんだと…。

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