第105話

「…裏口から出てちょうだい。まだマスコミいるでしょ?」


 また明日来ます。そう言って玄関に向かおうとした俺を、章子さんが呼び止めた。確かに玄関のドア越しに窺ってみれば、来た時より数は少なくなっているものの、まだ何人かの記者がたむろっていた。


「おい。川井の奥さん、来たか?」

「いや、まだ近くには来てねえな。まあ、あの性分なら、来ないなんて選択肢すら頭に浮かばねえだろ」

「加害者家族の鑑ってかぁ? ははは、今度こそしっかり話もらうぞ」


 ものすごくゲスな声色が聞こえてきて、気分がムカムカとしてくる。こいつら、いくら仕事とはいえ、章介の家の前で…!


「大丈夫?」


 よほどひどい顔でもしていたのか、章子さんが俺の肩に手を置く。その手もひどく震えているっていうのに、感情を抑えようともしない俺を落ち着かせようとしてくれるあたり、自分がどれだけガキなのかがよく分かる。


「大丈夫です。それじゃ…」


 タクシーを呼ぶからちょっと待ってと言う章子さんの申し出をやんわりと断って、俺は裏口から外へと出た。小学生の頃は勝手知ったる何とやらでしょっちゅう使っていた裏口なのに、何だか全く知らない何かに見えてたまらなかった。






 夜道の中、松葉杖を使って一人のろのろと進んだ。


 幸い、マスコミが俺に気付いて追いかけてくるなんて事はなかったが、松葉杖が道路をカツンカツンと叩くたびに、やっぱりどうしても思ってしまう。何で、章介が死ななくちゃいけなかったんだと。


 病院のベッドで目を覚ました時、最初に視界に飛び込んできたのは涙でぐしゃぐしゃの顔をした両親の姿だった。それを見て、本当に安心したんだ。俺も章介も助かったんだって。


 あの章介の姿は、炎と煙に巻かれてた混乱の中で見てしまった幻か錯覚だったんだ。俺より運動神経のいい章介が、あんな姿になるもんか。きっとうまい具合に脱出できたに決まってる。早くケンカの続きをしたいし、どうしてもあきらめきれないってんなら、仕方ないから奈津美に告白だけはさせてやろうかと思った。


 だから、開口一番に「章介は?」って尋ねたのに。


「章介君の遺体は、一番最後に見つかったそうだ」


 悲痛な口調でそう告げてきた父親の言葉は、俺を最悪な現実に突き落とし、そして今に至らしめている。


 もう本当に、どうしていいのか分からない。どうやって、この先生きていけばいい?


 もしも神様って奴が本当にいるのなら、襟首を掴み上げて怒鳴り散らしてやりたかった。どうして、俺なんだと。


 そう思った、その時だった。ふいに、背後に誰かの気配を感じたのは。

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