第102話
「おいっ!今、叫び声が聞こえたぞ!!」
「冗談だろ!?このじいさんが最後じゃなかったのか!?」
炎と黒煙の隙間を縫うようにして、何人かの人影が現れた。そのうちの一人が煙を掻き分けるようにしてこっちに向かってきて、俺と目が合う。酸素マスクに銀色っぽい分厚い服を着ている男だった。
「え…?」
「君、大丈夫か!?」
男は俺が「大丈夫じゃ、ないかも…」と答えると、すぐに俺の怪我に気が付いた。思わず「うっ…」とマスク越しに顔をしかめていたから、傍から見てもすごい怪我をしてるんだろうなと思った。
「要救助者発見!俺がこの子を連れていくから、そっちはそのじいさんを!」
「了解、急げよ!もうすぐ焼け落ちるぞ!」
男に返事をする相手の方をちらっと見れば、そいつはさっきトイレに向かっていたじいさんを肩に担いで外へと向かおうとしているところだった。あれ?一緒にいたばあさんは…?
「無理に動くな、俺が運んでやるから。痛むだろうが我慢してくれよ」
そう言って、男が俺の横に屈んで両手を俺の腹の下に滑り込ませる。そしてものすごい力で俺を横抱きに持ち上げた。
幸い、俺の全身は熱気に充てられてはいたものの、がれきやら何やらが覆っていた訳でもなかったから、すぐに男の両腕の中に収まった。痛みは当然走ったが、自力で動けないんだから仕方ない。
これで助かるんだ。そう思った時だった。
「ぁ…。あぁ…、じ、じゅ…ゃ…」
これだけ周りでごうごうと炎が爆ぜる音がしているのに、俺の耳には何故かはっきり聞こえた。どこかで、章介の苦しむような声が。
「しょ、章介…」
そうだ。さっきのじいさんと同じだ。あのじいさんがばあさんと一緒だったように、俺だって一緒にいた奴がいた。章介、ついさっきまで俺のすぐ目の前にいた。
「章介?章介、どこだ!?」
さっきの言い争いの事なんか、もうどうでもよかった。突然大声をあげてもがき始めた俺に、銀色の服の男――たぶん消防士は、多いに焦った様子を見せた。
「おい、暴れるな!早くここから出ないと…」
「待ってくれよ、消防士さん!俺、友達と一緒だったんだ!さっきまで、一緒にこの辺に…!」
「何だと!?この辺って…」
俺の言葉を聞いて、消防士もきょろきょろとあたりを窺う。周りはもう火の海と煙でいっぱいだ。視界がひどく悪くて呼吸もしづらく、俺は何度も目を覆って咳き込んだ。それでも。
「章介っ…」
名前を呼べば、もう一度答えてくれると思った。何で『natural』が燃えてるのかは分からないけど、まだここに残ってるんなら一緒に逃げねえと。こんな所にいたんじゃ、お前告白なんか夢のまた夢だぞ…!
そう思った時だった。
「あっ…!」
消防士が短い声をあげた。
章介がいたんだと直感した俺は、彼が視線を落としている一メートル弱離れた床を見つめる。そして、やっと章介を見つけた。
「げ、ふっ…。じ、じゅ…」
章介は、さっきまでの俺と同じようにうつぶせでそこに倒れている。何か言おうとするたびに血を吐いていたが、それ以上に血を流している所があった。
腰から下だ。
そこにいた章介は、下半身がなくなっていた。
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