第100話

「お前なら」


 章介の声は、まだ震えていた。


「お前なら、俺の事を絶対応援してくれると思ってたのに。何でも話し合える親友だって思ってたのに。それなのに、何でこんな…」


 俺だって、こんなどこかで見た事あるような安っぽい恋愛ドラマみたいな事が起こるなんて、思ってもいなかった。章介が相談してくる度に、いつ本当の事を言おうかと悩んだ事か。そんな、自分だけが被害者ですと言わんばかりの顔をするのはやめてほしい。


「だから、正直に言っただろ」


 お前が告白なんてする前に、と肝心なところを付け足す事を忘れずに言ってやる。


「あと、誤解がないように言っとくけど、悪気があって黙ってたとかじゃないからな。単にタイミングがなかっただけだ」

「……」

「そういう事だから」


 あきらめろよ?もう一度そう言うつもりだった。章介が勢いよくボックス席から立ち上がらなければ。


「…嫌だ」

「はぁ!?」

「告白するくらいはいいだろ」

「フラれるって分かってんのに?」


 驚いた。まさか、彼氏の俺に向かって「あきらめません」的発言をするとか。


「お前と奈津美ちゃんの関係は分かったし、納得もした。でもだからって、気持ちを伝える事自体を止められるいわれはない」

「おい、ショックでどうかしたか?そんなの許す訳ないだろ。奈津美だっていい迷惑だ」

「気持ちに応えてほしい訳じゃない。でも、伝えるくらいいいだろ?」

「言われる側の身にもなれ。奈津美を傷付けたら許さねえぞ」


 イラッとした。何言ってんだ、こいつとも思った。何が悲しくて、彼女が困り果てると分かっている行動を見過ごさなきゃならないんだ。


「とにかく座れ、店ン中でこれ以上大声出すな」


 立ちっぱなしの章介に向かって、俺はほんの少しだけ腰を浮かせながら腕を伸ばす。とにかく落ち着かせようと思った。


 腕を伸ばした先にいる章介は、何だか両目が潤んでいるように見えた。あ、また想像通りだ。悔し泣きか、これ?


「…悪いな、きみえ。すぐに便所済ませるから」


 俺の視界の端で、結構年のいった老夫婦が店の奥にあるトイレへと入っていった。ずいぶんのろのろとしていたから、どっちかが腰でも悪いんだろうか。


 そんな事を思っていたら、パシッと手の甲に軽く弾くような痛みが走った。章介が俺の手を払ったんだ。


「見損なった」

「…あ?」

「淳也がそんな奴とは思わなかった」


 そう言って、章介は伝票を手に取って俺に背中を向ける。


 ふざけんな。言うに事欠いて、まさかのそれかよ。見損ないたいのはこっちの方だ。


 文句を言わずにはいられない。そう思った俺は、章介の背中を追うべく立ち上がろうとした…その時だった。


 突然、カッと視界の全てが真っ白になった。周囲を一瞬で打ち消すほどのまばゆい閃光に包まれたと言ってもいいかもしれない。


 何だと思う間もなかった。ただ、その閃光は俺の後ろにあったレンガ式の衝立よりさらに向こう、カウンター席の方から来たような気がした。


 そして、一秒と経たないうちにものすごい衝撃と爆風、熱気が襲ってきた。俺はそれらに巻き込まれるようにして吹っ飛ばされ、すぐに何も分からなくなった。

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