第99話
「え?」
「もうやめとけ、みっともないから」
俺があまりにも固い声色で、しかもみっともないなんて言葉を使ったもんだから、章介の片眉がピクリと反応した。そして、みるみるうちに険しい表情になっていく。
「何だよ、それ」
あ、想像通りだ。怒り始めた。
「こう見えても、俺はものすごく真剣なんだぞ」
章介が言った。
「本気なんだ。憧れとかそんな軽いもんじゃなくて、本当に奈津美ちゃんが好きなんだ。それをお前にだけは軽んじられたくないんだけど」
「……」
「何だよ。やっぱりお前も先輩達みたいに部の伝統を守れって言いたいのか? まさかそれを言いに、ここに来たのか?」
「…それは違う」
「だったら、みっともないとか言うなよ。俺、奈津美ちゃんと付き合えるなら、陸上部を辞めたっていいって思えるくらい本気なんだぞ。親友なら、応援してくれたっていいだろ」
昔の人は、本当にうまい事言ったもんだよな。恋は盲目って。
走る事だけは誰にも負けないのに、それ以外は本当にポンコツだ。何にも見えていなかった。
「みっともないよ、章介」
言うなと言われた言葉をもう一度繰り返した後、俺はふっと笑って章介を見据えた。
「お前には勝ち目ないんだよ。俺が来たのは、負けると分かってる試合に臨ませるのは、さすがにあんまりだと思ったから」
「どういう意味だよ」
「…俺、奈津美と付き合ってる」
少しの間を開けた後で、そう言った。その瞬間、確かに俺と章介が座っているボックス席の空気が凍った。
「は…?」
俺の言った意味が分からないのか、それとも受け入れたくないのか。章介がとんでもなくまぬけな表情を浮かべる。それを見て、俺はほんの少し優越感を覚えた。いつも敵わなかったこいつに初めて勝ったような気がして、ちょっと愉快な気分にさえなった。
「付き合ってんだよ、俺達。少し前から」
吹き出してしまいそうになるのを堪えるのは大変だったが、それでも何とか言葉を続ける事ができた。
「章介からのLINEをもらって、奈津美は一番に俺に相談してきた。『どうしよう』『困るよ、こんなの』『あたしには淳也がいるのに』って」
章介の両目が、限界まで見開かれる。信じられないものを見てますって感じの目だ。
俺は普段、部活動中では奈津美の事をずっと「マネージャー」と呼んでいた。決して恋人同士である事が知られないように、奈津美にも俺の事は名字で呼ばせてた。だから誰にも知られなかったし、章介も気付かなかった。
だから、こんなにもまぬけに思い人の彼氏に恋愛相談なんかしてきたんだ。
「嘘だろ…」
少しして、章介が声を震わせながら言った。
「何だよ、それ。何で…」
「嘘じゃねえよ。だから、いくら待っても奈津美はここには来ない」
「……」
「お前には悪いけど、あきらめてほしい」
きっぱりと言いきってやった。下手に希望を持たせる方がよっぽど酷だろうし、それ以前の問題として、これ以上章介の横恋慕って奴に俺や奈津美に手間を取らせないでほしかった。
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