第98話
「さっき、奈津美ちゃんにLINEしたんだ」
少し低い声で章介が言う。トーク画面には、奈津美に向けて「優勝したよ」「大事な話、聞いてくれるか?」「学校終わったら、M町の『natural』って喫茶店に来てほしい」「待ってるから」などという文章が並んでいる。全部に既読が付いていた。
「四時間目が始まるちょい前くらいに送ったし、既読も付いてるから読んでくれてるはずなんだけど」
返事が来ないんだよなと、章介はスマホの画面を自分の方へと向き直す。それはそうだろ。俺が返事をするな、ここにも来るなと言ってあるんだから。
「授業中だろうし、そうでなくてもあいつには友達が多いんだ。チェックするのも大変なんじゃね?」
適当な事を言ってやると、章介はほっとしたような短い息を吐いた。
そんなにかよ。そんなにもお前、奈津美の事…。
ぐっと息が詰まりそうになるのを堪えている中、オーナーが「オレンジジュースお待たせしました」とやってくる。手作業でていねいに絞ってくれた生オレンジジュースが、屋根からの照明に反射して何だかきらきら光っているように見えた。
「ごゆっくり」
軽い一礼をして、オーナーは再びカウンターの中へと戻っていく。何となくその背中を目だけで追っていたが、また章介から話しかけられて視線を元に戻した。
「なあ。もう一押し、何か言った方がいいんじゃないか?」
「…またLINEする気か?」
「ああ、まあ。ちゃんとした返事欲しいし」
章介はスマホの画面をじっと見つめて、来る由のない奈津美からの返信を待っている。報われないと知っているのは、俺だけだ。
もし、実は俺と奈津美は付き合ってたんだと話してしまえば、こいつはどんな顔をするだろう。
やっぱり驚くだろうか、それとも怒る? はたまた悔し泣きでも始めるか?
いろんな表情の章介を想像すると、何だか楽しくなってきた。何なら、これから先の章介の有様を、他でもない俺自身が管理しているような気にさえなってくる。運ばれてきたオレンジジュースのストローに口をつければ、俺好みの適度な酸っぱさが舌の上を広がっていった。
「う~ん、もうすぐ昼休みか…?」
章介が時間を確認しているようなので、俺も反射的に自分のスマホで見てみた。表示されている時計機能は十二時半を回っていた。
あと十分で四時間目が終わる。そしたら章介の奴、奈津美に直接電話をかけてしまうかもしれない。
俺のそんな予想も外れる事はなかった。章介は、LINEの無料通話のアイコンを何のためらいもなく押そうとしていた。
「で、電話していいと思うか?淳也…」
さっきの決勝戦より緊張しているのか、章介の声は少し震えていた。何だよ、何だよお前。もういいだろ…。
「ダメだ」
飲みかけのオレンジジュースを真横にずらしてから、俺はきっぱりと言った。
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