第97話

「あちらへどうぞ」


 愛想よく促してくれたオーナーに軽い会釈をして、俺は章介のいるボックス席へとゆっくり近付く。


 どれだけうまいのかは知らないが、章介は夢中になってハムサンドを食べていた。最後の一つに手を伸ばして口に持っていこうとするまで、俺に気付かなかったくらいに。


「え…あれ?淳也?」


 あ~…とまぬけに見えるくらいの大口を開けて最後のハムサンドを食べようとしていた章介は、そのままの状態で俺を見上げる。きっと、何でこいつがここにいるんだ?とでも思っているんだろう。


 その想像はぴったりと当てはまっていたようで、章介はハムサンドを皿に戻してからお決まりの言葉を吐き出した。


「何でここにいるんだよ?」

「うちが近くだって言ったろ。それに、窓越しにお前が見えたからさ」


 あらかじめ用意していた答えをすらすらと連ねて、俺は章介の正面に座った。章介は何の疑いもなく「ふうん」と納得した声をあげ、再びハムサンドを手に持った。


「淳也、昼メシ食ったか?」

「いや、まだ」

「じゃあ、ここで食ってけよ。こういう店初めて入るから無難にハムサンドにしたんだけど、これが大当たり!メチャクチャうめえの」


 そう言って、章介は少し分厚いハムサンドに今度こそかじりつく。うう~んと幸せそうに唸るもんだから、本当にうまいんだろう。


「これで五百円とかコスパ最高だな。本当、食べて損はない!」

「うん、後でな」


 オーダーを取りにボックス席の傍らにやってきたオーナーに、「ひとまずオレンジジュースをお願いします」と注文する。章介はそんな俺を愉快そうに見つめながら、「お子ちゃま~」とからかってきた。


「そりゃ、コーヒー飲めとか言わないけどさ。もうちょっと喫茶店らしいもの頼めよな」

「ジンジャーエール頼んでる奴に言われたくない」


 俺はハムサンドの皿の横に添えられているグラスを指差す。そのグラスは、黄金色の炭酸水が半分ほど減っている。ジンジャーエールは章介の好物だった。


「先輩達から炭酸は陸上選手の天敵だって言われてんだろ。バレたら怒られるぞ」

「平気平気。お前が黙っててくれてたらさ」


 章介がウインクしてそう答える。長い付き合いのせいだろうか、章介は俺の事を絶対的な味方だと信じて疑った事がないんだろう。


 いつでも、どんな時でも、自分を裏切ったり見捨てたりするような事はしないと信じ切っている…。


「ところでさ」


 ハムサンドの最後のひと口をジンジャーエールで喉の奥へと流し込んだ章介が、おもむろにカバンからスマホを取り出した。


「これ、見てくれね?」


 そして、ずいっと差し出されてきたスマホの画面はLINEのトーク画面を映し出している。とっさに顔を背けて見ないようにしようとしたが、メッセージの相手が奈津美だと分かると俺の首から上は動かなくなった。

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