第95話
結論から言えば、章介は何の苦もなく優勝した。
まるで勝つ事が当たり前であるかのように、同じく決勝に挑んでいた他の選手達の事など全く見えないかのように、
「やったぞ、淳也」
レースが終わった後、章介はひどく誇らしげな顔をしながら俺の元へと駆け寄ってきた。これで奈津美に告白できる、そして付き合ってもらえるだろう事を微塵も疑っていないとばかりだった。
「おめでとう、章介」
思っていたより、硬い声が出た。本当は祝福なんかしていないという事がバレたらどうしようかと思ったが、少し興奮気味だったせいか章介がそれに気付く事なかった。
「表彰式が終わったら、そのまま解散でよかったんだよな?」
「うん、確か。次のハードルの決勝で最後だったろ」
「奈津美ちゃん、どこに来てもらおうかな。できたら、誰にも見られないような所がいいんだけど」
そう言って更衣室のロッカーの前に立った章介は、その中からジャージの上着を引きずり出す。そして、ポケットからスマホを取り出すと、そわそわと肩を揺らし始めた。
頭の中で、どこでどのようにして奈津美に告白をしようかとシミュレーションしてるのだろう。そうしている様は、先ほどのレースよりもひどく真剣に取り組んでいるように見えて、ますます俺のいらだちを助長させた。
「…おしゃれな喫茶店なんて、どうだ?」
気が付けば、章介の背中に向かって、俺はそんな言葉を放っていた。
「普通、高校生がなかなか行かないようなそういう店にすれば、少なくともうちの部の連中には見られないだろ?何せ平日だし」
「いい考えだけど、表彰式が終わるのは昼前じゃん。奈津美ちゃんはまだ学校だし」
「だったら、下見ついでにそこで昼メシでも食ってろよ。今日は五限までだし、二時半過ぎくらいに待ち合わせてればよくね?」
「そうか、そうだな。サンキュ、淳也」
ぱあっと明るい表情でそう言った章介は、よけいにそわそわと肩を揺らす。喫茶店か、どこの店にしようか。この近くに雰囲気のあるいい店ってあったかなと、ブツブツ独り言まで乗せてくる。
そんな章介に、俺はある一軒の店の名前を教えた。
特に大きな理由はなかった。
たまたま家の近所にあって知っていたから。あの店なら、この市営運動場からそんなに離れていないし、道順だってそう難しくなかったから。何よりあの店なら、表彰式が終わったら一目散に向かっていくだろう章介の後を、見失わずに追いかける事ができると思ったからだ。
「『natural』って知ってるか?」
そう言った俺の視界の端に、壁にかかった時計がちらりと映る。午前十一時を少し回ったところだった。
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