第91話
『章介んちにマスコミがたくさん来てる』
『やっぱ来ない方がいい』
『明日になったら、もうLINEブロックするから』
『奈津美もそうしてくれ』
『じゃあな』
手早くそう打ち込むと、奈津美からの既読が付く前に俺はスマホをズボンのポケットにしまった。
玄関をくぐると、家の中のあちこちを中年のおばさんが何人か忙しそうに歩き回っていた。親戚かご近所の人なのかは知らないけれど、一人になった章子さんを気遣って来てくれてるんだろう。
その章子さんは、「ここでちょっと待っててね」と俺を廊下に残して、一番奥の部屋へと行ってしまった。短い廊下を進んで、行き止まりを右に折れる。そのすぐそこにあるドアが、章介の部屋だった。
ほんの少し前まで、何の気兼ねもなく行っていた部屋だった。部活帰りにマンガやジュース、お菓子なんかを買ってきては転がり込み、日が暮れるまでお邪魔していた。図々しい時なんか、そのまま夕飯をごちそうになったり、泊まらせてもらったりもした。
それなのに、今はこんなにも気持ちが重い。章介がいるって事だけは同じなのに、こんなにも、こんなにも世界が変わって見える…。
どうしよう、勝手に息が荒くなる。
ここまで来ておいてなんだが、俺に章介と会う資格があるのか?章介にあんな思いをさせて、挙げ句こんな目に遭わせた俺が――。
それでも、逃げ出したいという衝動に何とか堪える事ができたのは、ギプスで固められた右足のおかげだった。どんな時でも視界の端に留まってしまう白くて頑丈な無機物が、俺を常に責めてくれている。
逃げるな、目を逸らすな、この現実を受け入れろ。
何をどう考えを巡らそうが、あの一瞬は何一つ変わらない。俺の目の前で、章介は――。
ふいにそこまで思い出してしまいそうになった時だった。廊下の曲がり角から章子さんがひょこりと顔を出してきて、「お待たせ」と声をかけてきた。
「準備できたから、章介に会ってやってくれる?」
情けない事に、びくっと身体が震えてしまった。
それをビビっていると取られてしまったのか、章子さんが困ったように眉根を寄せるが、すぐにふっと静かに息を吐いた。
「大丈夫、ちゃんときれいにしてるから」
「す、すみません…」
そんなつもりはなかったのに、章介にも章子さんにも失礼な態度を取ってしまい、俺はまた自分に腹が立った。
章子さんがそんな俺に気付いていたかは分からない。でも、ゆっくりと手招きをして、俺が近付いていくのをじっと待ってくれていた。
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