第90話
「…やめなさいよ、いい年した大人達が寄ってたかって!淳也君から離れて!!」
ああ、相変わらずだなあと思った。
高校を卒業したと同時に結婚して、章介を生んだおばさん――じゃなくて、
十歳以上年の離れていた旦那さんは、章介が三歳の時にあっけなく病気で死んで、それからは女手一つで章介を育てていた。俺が章介の家に遊びに行くようになった時は、本当に嬉しそうにしてくれたっけ。
「もう再婚なんてする気ないから、章介に兄弟ができたみたいで嬉しいよ」
満面の笑みでそう言って、おから入りの手作りケーキを振る舞ってくれたのはいつだったっけ。そんな章子さんが今、おそらく旦那さんの時以来の喪服に身を包んで俺の周りにいる連中をじろりとにらみつけていた。
「インタビューなら、章介の葬式が全部終わった後で受けてあげるわよ!!それ以外に用事がないなら、早く帰って!!」
大声を出し続けながら、章子さんは足早に連中の輪を押し退け、俺のすぐ目の前までやってくる。そして、俺の手を引いて元来た道を戻り始めた。
「あ、章子さっ…!」
「ごめんね。来てくれてありがとう、淳也君」
俺の右足を気にかけてはくれていると思うけど、一瞬でも早く連中から離れたいんだろう。家へと向かう章子さんの足の速さは変わらない。
まだ全く手に馴染まない松葉杖でついていくのに必死になる俺の耳に、奴らのうちの一人の大声が追いかけてきた。
「杉田君に何か一言かけられるとしたら、どんな言葉をかけてあげますか!?」
何て陳腐で月並みで、それでいて無神経な言葉だろうと俺はきっと後ろをにらみつけてやった。
一言だけで足りるか。二十四時間あったって足りるもんか。
告別式が終わって、章介の身体が荼毘に付されるその時までずっと側にいて延々とそんな時間をもらえたとしても、ちっとも足りるもんか!
俺のせいだ、俺があんな店に章介を呼び出したから。クラスや陸上部の連中に見られる事もないだろうからって、あの喫茶店を選びさえしなければ。
ごめん、章介。ごめんなさい、章子さん。
まず一番に言いたくて、でもきっと言えないで終わってしまうだろう言葉を何度も頭の中で反芻させながら、俺は章子さんと一緒に玄関のドアをくぐった。
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