第88話

「…別れよう、俺達」


 章介の通夜に行く前、俺は奈津美なつみを呼び出して、開口一番そう切り出した。


 奈津美は特に驚いてはいなかった。ある程度予想はしていたようで、ほんの少しだけ目を伏せてから「そうだよね…」と小さい声で言った。


「やっぱ、こうなっちゃった以上、あたしとは付き合いにくくなるよね…」

「通夜には別々で行こう。章介のお母さんには、俺が謝る」

「……」

「行きづらいんなら、無理するな。奈津美の分も、俺がちゃんと謝ってくるから」

「…あたし達の、せいだよね?」


 ぱっと顔を上げて、奈津美がつらそうな声をあげた。


 やめろよ、お前が気にする事じゃない。俺が悪いんだ。俺がちゃんと章介に話をしなかったから…。


「大丈夫だよ」


 そう言って、俺は奈津美の頭を二度三度と撫でた。きっと、これが彼女に触れられる最後だ。


「全部、俺のわがままだ。本当にごめん…」

「……」

「じゃあ、先に行くな?」


 奈津美に背中を向けて、ほんの数百メートルしか離れていない章介の家へと歩き出す。小学校三年の時から何十回、何百回と行き慣れた道なのに、何だか初めて通るような心地の悪さを感じた。この右足のせいだろうか。


「淳也は悪くないよ!!」


 そんな中、奈津美が俺の背中に向かって大声を出したのが聞こえてきた。


「あたしが、あたしが悪いの!あたしが杉田君に、あんな事言わなきゃ…!」

「……」

「あたしが陸上部辞めるから!ちゃんと責任取るから!だから、淳也は…」


 だから、やめろって。


 あんなとんでもなく大きな事故、奈津美が責任取れる訳ないだろ。責任取る取らないは、あの喫茶店の夫婦がやるべき事だ。


 それに…。


「ここで、そういう冗談はなしにしてくれよ」


 俺は肩越しにちらりと振り返ってそう答えた後、ギプスで固められた自分の右足を見た。あの爆風で骨どころか肉まで削られてしまい、感覚も鈍ってしまった右足を。


「これじゃ、もう走れねえよ」


 俺はあの事故で、全部なくしてしまった。目標も、恋人も、一番の親友も…。

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