第三話 俺の親友は下半身が吹っ飛んでいた

第87話

…あの日は、いい追い風が吹いていた。


 高校に入って、初めてのレギュラーだった。章介しょうすけが第三走者で、俺がアンカー。一年坊主二人に後続を任せるなんて、いったい監督はどうしちまったんだと先輩達は口々に言っていたが、章介はそんな言葉など全く気にしていなかった。


「頑張ろうな、淳也じゅんや。一発かましてやろうぜ!」


 この「一発かましてやろうぜ!」は、章介の口癖だった。こいつとの付き合いは小学校三年の時からだが、その頃から事あるごとに言いまくっていた。算数の小テストの時も、運動会の百五十メートル競走でも。


 そして、章介がこの口癖を言うと、不思議なくらい何でもうまくいくんだ。テストは百点、競走はいつも一番って感じに。


 だから、あの日も章介がそう言ってくれた事で、それまでずっと感じていたプレッシャーはどっかに吹っ飛んでいった。きっとそれまでの俺は、とんでもなくひどい顔をしていたに違いない。


「…おう!しっかりバトン回してくれよな!」


 俺がそう言うと、章介は二カッと笑ってくれた。


 四百メートル団体リレー決勝、俺達は第三コースだった。


 アウトコースという位置取りよりスタートダッシュに少し苦手意識を持つ二年の先輩が第一走者だったが、追い風のおかげかぐんぐんスピードに乗って、あっという間に第二走者のキャプテンへと繋いでくれた。


 キャプテンはうちの陸上部で一番速いだけあって、二位の位置を崩す事なく章介にバトンを繋ぐ。やっぱフォームがきれいだなと思った。


 そして、章介。あいつの走りは、とても力強かった。


 先輩やキャプテンが繋いだスピードをさらに上乗せして、目の前にいた一位の選手を軽々と追い越した。まるで何でもない事のように、当たり前のように、容易く。


 バトンを握りしめた章介が、アンカーとして待つ俺の元へとやってくる。突き出されてきた赤いバトンが、掴む前から重々しく感じた。


「行け、淳也!一発かましてやれ!」


 バトンを受け取って走り出したその瞬間、追い風と共にそんな章介の大声が俺の背中を押す。それがものすごい力となって、俺の両足にエネルギーを送ってくれた。行ける、行けるぞ章介…!


 それから十秒経つか経たない頃、俺は一位のままでゴールテープを切った。うちの高校始まって以来の快挙、しかも大会新記録というおまけ付きだった。


「やったぁ!やったぞ、淳也ぁ!!」


 先輩やキャプテンと一緒に、章介が俺に向かって突進してくる。あんだけ全力疾走した後で、よくそこまで大声が出せるなお前。


 頭の中じゃそう思ってるのに、俺はへへへっと笑い声を出すばかりで何も言えなかった。


 これが、俺と章介が一緒に出た最初で最後のレースだった。

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