第86話



「俺と付き合って下さい」

『いつ、手話なんて覚えたんですか!?』

「俺と付き合って下さい」

『あの、話聞いてます?』

「この間から、少しずつ」

『お上手ですよ』

「返事下さい。俺と付き合って下さい」

『冗談ですよね?』

「心外な。本気です」

『私達、今日で会うのはまだ十回目ですよ?』

「それで?」

『それに私、耳が聞こえません』

「だから、手話覚えた。俺と付き合って下さい」

『私、こういうのは考えた事なくて』

「何故?」

『一生、親孝行するって決めてるんです。私の為に、両親は本当に苦労したから。だから私が二人の老後を見るんです』

「俺も手伝う」

『ダメです。そちらの親御さんだって許しませんよ』

「俺には役所勤めの兄貴と、金勘定の得意な妹がいる。そこそこの稼ぎしかない俺が家を出ても、大した事はない」

『ダメです。そもそも、耳の聞こえない私のどこがいいんですか?』

「人様の悪口を言わないところと、口より目で物を言うところ」

『……』

「俺と付き合って下さい。俺と付き合って下さい。俺と付き合って下さい。俺と付き合って…」

『何度も繰り返さないで下さい、恥ずかしいです』

「一番最初に覚えたのがこれだった。挨拶よりも先に、どうしても伝えたかった」

『……』

「甲斐性なしだから、もしかしたら子供とか作れないかもしれない。だけど、絶対後悔させない。何があっても、お前を守る。だから、俺と付き合って下さい」

『……』

「返事下さい」

『……』

「頼む、返事下さい」

『…私、幸せ者ですね』




 おばあちゃんはそう言って、おじいちゃんの手を握りしめた…。






第二話 完

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