第85話
告別式も終わりに差しかかり、いよいよおばあちゃんの棺桶に釘を打ち込む時がやってきた。
棺桶の蓋の小窓にはあらかじめ布が取りつけられていて、弔問客の誰もおばあちゃんと直接お別れをする事ができなかったけど、これで釘まで打ち込まれちゃったら、もう本当に…。
「…では、喪主の方からお願いします」
葬儀社の人が静かな口調でそう言いながら、小さなトンカチと真新しい釘をお父さんに手渡してくる。その次はきっとお母さんで、その次はおじいちゃんとあたしになるのかな…。
お父さんは震える手でトンカチと釘を受け取り、そっと棺桶に近付く。そしてあたし達が見守る中、小窓の布ごしにおばあちゃんに話しかけた。
「母さん、今まで本当にありがとうっ…」
お父さんが棺桶の蓋の端に釘を当て、その上にトンカチを振り下ろす。カン、カン、カン。独特な音が客間に響いた。
あたしも、心の中で何度もお礼を言った。
おばあちゃん、本当にありがとう。あんな姿になっても、戻ってきてくれてありがとう。ちゃんとお別れできて、本当によかっ…。
「…カナ~!カナいるか~!?生きてるか、カナ~!!」
あたし、これからはもっとちゃんとするよ。拓弥との付き合い方もしっかり考え…ん!?拓弥?何で今、拓弥の事考えた?て、いうか今、拓弥の声が聞こえてこなかった!?
「カナ~!!」
モノローグ的な感じで思考に耽っていたあたしの耳に届いたのは、いつもと変わらない調子の拓弥の声と何の遠慮もないドスドスとした足音。
そういえば、これから棺桶が通るからって理由で玄関開けっ放しにしてたんだっけと思いながら振り返れば、客間と廊下の間に拓弥がいた。
たぶん、こういう場に出向くのは初めてだったんだと思う。ずいぶん適当に見繕ったと思える真っ黒コーデはカジュアルさが抜けてないし、髪型もいつもと変わらない。ただ、何故かぜいぜいと息切れがひどくて、汗もたっぷりかいていた。
何で拓弥がここにいるんだろうと思うばかりで、すぐに何も言えなかった。確かに昨日はパニクってLINEしちゃったけど、あの後通話はとっくに切れちゃってたし、折り返してくる事もなかったのに。
「カナ、よかった…。変なガキに今すぐお前の無事を確認してこいとか言われた時は、マジビビったけど…」
拓弥はあたしと目が合うと、ほうっと長い息を吐いた。そして、お父さんがすぐ側にいる棺桶に向かって大声を出した。
「こら、クソババア!死んでまでボケてんじゃねえぞ!!下半身サルの俺が言うのも何だけど、カナは俺の大事な奴なんだ!結婚したっていいって思ってんだよ!!カナは俺が一生守ってやる、分かったら二度と化けて出てくんじゃねえぞ~!!」
……。
沈黙が続く事、十秒。びっくりしてあたしの心臓が止まる事、約一秒。お父さんが「いきなり何だ、君は!場を弁えなさい!」とキレるまで、あと五秒。
そして、おじいちゃんが懐かしそうにこう言ったのが、一分後だった。
「俺には敵わんが、なかなか情熱的なプロポーズだったな。きみえ……」
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