第84話

翌日の午前十一時から、おばあちゃんの告別式が始まった。


 弔問客の中にはマスコミ関係者もちらほらいて、ちょっと鼻についたけど、きれいに晴れ渡った青空がおばあちゃんの旅立ちを後押ししてくれてるみたいで、すぐに嫌な気持ちは消え去った。


 眠い目をこすりながら、玄関先で弔問客の一人一人に会釈を繰り返していたら、重い足取りで近付いてくる人がいた。昨日、お父さんに追い返されてた女の人だった。


「あの…」


 とても小さい声で、女の人が口を開こうとする。玄関にいたのはあたし一人で、さっきまで一緒にいたお父さんはちょうど葬儀社の人に呼ばれてこの場を離れていた。


「父を呼んできましょうか?」


 女の人の沈んだ表情を見て、本当に申し訳ないと思っているんだと感じた。一緒に責任を負うべきご主人が死んだんじゃ、心細いだろうし…。


 あたしの言葉に、女の人は緩く首を横に振った。


「…いえ、やっぱり帰ります。最後にきみえさんにお別れを言いに来ただけなので」


 すみませんでした、と一言添えながら、女の人はあたしの両手に香典袋を強引に持たせる。そして、足早に玄関先より去っていくが、マスコミの一人がその後を追いかけていくのが見えた。


 負けないでほしいな、と思った。


 他の犠牲者や遺族の人達がどう思ってるかなんて知らないけど、少なくともおばあちゃんは女の人を――あの喫茶店の事を恨んでなんかない。


 もし、あんな姿にされた事をほんのちょっとでも恨んでいたら、絶対真っ先にあの女の人の所に行って呪いの一つや二つはかけていくはず。それをせずに、ただおじいちゃんの心配だけをしていたおばあちゃんは、やっぱりとても優しい人なんだ。


 あたしは、そんなおばあちゃんの孫に生まれてきて、本当に幸せ者だと思う。


 だからあの女の人にも、いつか立ち直って幸せになってほしいと心から祈った。

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