第81話
「お、おじい、ちゃん…」
ひどく眠そうな声と一緒に、ばさりと分厚い布団がめくられる音がドア越しに聞こえる。おじいちゃんが起きたんだ。そして、こっちに向かってこようとしてる。
それを、おばあちゃんも感じ取ったんだと思う。またゆっくりと後ずさっていく足音が聞こえた。
「ま、待って!おばあちゃん…!」
行ってほしくない。きっとこれで本当に最後だ。だからこそ、おじいちゃんにも会ってほしい。
でも、おばあちゃんの気持ちも分かる。記憶が混乱している今のおじいちゃんがどんな反応をするかなんて、まるで想像がつかない。最悪、おばあちゃんだと分からずにひどい言葉を口にしてしまったら…。
どうしたらいい?どうするのが一番いいの?どうすれば、二人にとって一番…。
何もできず、何も言えずにただ迷っていたら、ついにガチャリとドアノブが捻られる音が聞こえた。思わず息を飲んでそっちを見れば、部屋のドアは簡単に開けられ、杖をついたおじいちゃんがこっちをいぶかしむように見ていた。
「きみえ、静かにしないか。ご近所迷惑になるだろ」
おじいちゃんは、まだあたしをおばあちゃんだと思い込んでいる。ほんの少しも疑っていない。
そんなおじいちゃんを見て、これでいいのかもしれないと思った。
おばあちゃんの最期の望みは叶った。そして、このまま会わずに行きたいというのなら、そうしてあげた方がいいのかもしれない。それで、おばあちゃんが心置きなく行けるのなら…。
あたしは、廊下の薄暗闇の奥にいるおばあちゃんの方へと顔を向けた。おじいちゃんを見て、安堵している気配が伝わってくる。
ヴォォォォ~…。ヴゥゥゥ~…。
おばあちゃんの息遣いの音。まるで「おじいちゃん、無事でよかった」って言ってるみたいだった。
それから少しして、また後ずさっていく足音が聞こえ始めた。
ほんのついさっきまで、近付いてこられる事をあんなに泣いて喚いて嫌がってたくせに、今度は遠ざかっていく事をこんなにつらく感じるなんて。
視界の端で、おじいちゃんがきょとんとあたしを見つめている。泣くな、泣いちゃダメだぞあたし。ここで泣いたら、おじいちゃんに気付かれるかもしれない。早くおじいちゃんに「何でもないから」って言ってごまかして、また寝かしつけないと。
そう思いながら、あたしが鼻をすすった時だった。おじいちゃんが急にあたしの横をすり抜けると、遠ざかっていく足音に向かって両腕を伸ばした。
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