第80話
「どこ行くの、おばあちゃん!」
あたしは必死に腕を伸ばすけど、指先がわずかに掠るくらいでおばあちゃんに届かない。そんなあたしの視界の端に、おじいちゃんの部屋のドアがあった。
「おばあちゃん待って、行かないで!」
見えているかどうか分からないけど、あたしはどんどん後ずさっていくおばあちゃんに向かって、必死に両手を動かした。
「おじいちゃん、部屋にいるよ!寝てると思うけど、顔見ていってよ!その為にここまで来てくれたんでしょ!?」
おじいちゃんが心配で心配で、だからそんな姿になっても戻ってきてくれた。きっと、ひと目でいいから会いたいって思ってるはず。おばあちゃんの健気な思いを叶えてあげたい。それが、あたしがおばあちゃんにできる最後の事だって思った。
ウアァァ~…。ウゥゥゥ~…。
でも、あたしの思いとは裏腹に、おばあちゃんの口から漏れ出たのは悲しそうな息遣いだった。
『い』『い』『の』
そして、廊下の薄い暗闇から再び突き出てきたおばあちゃんのボロボロの右手が、とてもつらそうに言ってきた。
『こ』『ん』『な』『す』『が』『た』『み』『ら』『れ』『た』『く』『な』『い』
あたしは、大きく息を飲む。また涙がボロボロ出た。
おばあちゃんの気持ちが、本当によく分かったからだ。
おじいちゃんとの結婚は、全ての人に祝福された訳じゃなかった。耳が聞こえないってだけで、おばあちゃんはおじいちゃんの実家や親戚に相当毛嫌いされてたって聞いたし、経済的な理由もあってなかなか子供も作れなかった。
だから、お父さんが生まれてきてくれた時は本当に嬉しかったって、おばあちゃんは話してくれた。おじいちゃんが唯一の味方になってくれて、ずっと支えてきてくれたから、楽しい家庭を持つ事ができたんだって幸せそうに笑っていたっけ。
そんなおじいちゃんの前に、今の姿を見せたくないって…。
分かる、分かるよおばあちゃん。あたしだって女だもん。あたしだって、ふた目と見られないような姿になって、それを拓弥の目の前で晒せるかって聞かれたら、そんなの…。
(あれ?何で今、拓弥の事を考えて…?)
あまりにも自然に、拓弥の顔が頭の中で浮かんでた。そして、それとほとんど同時だった。ドアの向こうから、おじいちゃんの声が聞こえてきたのは。
「…うるさいぞ、きみえ。眠れないじゃないか」
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