第60話

「ああ、それがね。人を捜してて」

「うちの会社の誰かかい?」

「うん。年の頃は十六か十七で、背は俺の肩より低いかな。それから色白で少し痩せてる」


 おじいちゃんはこんぺいとうの紙袋をズボンのポケットに隠した。このおばさんも甘党だから、こんぺいとうなんてぜいたく品には目がないはずだと思ったそうだ。


 おばさんはこんぺいとうには気付かなかったようで、おじいちゃんが言った条件にあてはまる子を考えていたが、最後におじいちゃんが言ったこの一言でぴたりと当てた。


「後は…変わった方言を使ってたなぁ」

「何だ、きみえちゃんかい」

「きみえって名前なのか?」

「あの子に何の用?」

「うん、ちょっと」

「そうかい。まあ、連れて来てやってもいいけど、紙と鉛筆は持ってるかい?」

「え…。ああ、注文受付用の物なら持ってるけど」

「それ用意して待ってな。あの子、これだからさ」


 そう言ったおばさんは、苦笑いを浮かべながら自分の耳をちょんちょんと指差した。おばさんのその仕草に、おじいちゃんは自分の目を疑った。


 何だ、それはいったい。何でそんな嫌な顔で、嫌な仕草をしてみせるんだ…?


 まさか、まさかとおじいちゃんは何度も頭の中で繰り返したけど、おばあちゃんが目の前に来てくれるまでは信じようとはしなかったそうだ。おばさんのタチの悪すぎるジョークだと必死に思い込もうとしてたみたいで。


 でも、何分かしておばあちゃんが現れた時、おばさんの言葉はジョークじゃないと分かってしまった。


「あ…?こ、こ…ぅいひわ!」


 たぶん「こんにちは」とおばあちゃんは挨拶したんだろうけど、それと同時に、少し後ろにあった一番古い機織り機が突然大きな音を立ててバラバラに崩れ落ちてしまった。


 朽ちていた上、留め金のいくつかが弛んでたか錆びていたか。とにかくもうガタが来ていたものだったんだろう。かなり派手な音を立てて崩れたし、それを間近で見ていた何人かがびっくりして大声を出していたのに、おばあちゃんはそれに全く気付かないでおじいちゃんを凝視していた。


「ご…ぉ、ひょへんはぁ、ぁんで…ひょ~?」


 本当に耳が聞こえないのか。


 そう確信したおじいちゃんは、何も言わずにいきなりおばあちゃんの手を掴むと、そのままを工場の外へと連れ出した。

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