第57話
おじいちゃんと初めて出会ってから、ちょうど一週間。二回目の木曜日に合わせて、おばあちゃんはカステラを用意してきていた。
今じゃカステラなんて気軽にいつでも手に入るけど、この時代はとても高価で貴重品だったらしい。その月のお給料の半分近くをはたいて買ったカステラはとてもいい匂いをしていた。
その日の検品係でもないのに、自分が運転してきたトラックの前で待っているおばあちゃんの姿に、おじいちゃんは首をかしげていたという。紙袋なんか持って、何してんだろうって。
「…よう!」
まあ、とにかくまずは挨拶だろと思ったおじいちゃんは、片手を軽く持ち上げておばあちゃんに声をかけた。でも、おばあちゃんはぼうっと空を見上げたまま、全く反応しない。
(…あれ?聞こえなかったか?わりと俺、大声で言ったつもりだったのに)
今度はもう少し近くまで歩いていって、同じくらいの声の大きさでまた話しかける。でも、おばあちゃんは全く気が付かない。
よほど何かの考えごとに夢中になってるんだろうなと勘違いしたおじいちゃんは、子供っぽいいたずらを思いついた。忍び足でトラックの後ろから回り込み、おばあちゃんの背後から近付いていくと、大声を出しながらポンと背中を軽く押したのだ。
「ばあっ!」
女の子らしく飛び上がって、「きゃあ!」の一つも聞けると思っていたおじいちゃんだったけど、おばあちゃんの反応はそんな予想と少し違っていて戸惑った。
確かにおばあちゃんはびくりと肩を震わせた。でも、それはあくまで「ふいに背中を触られたから」であって、大声で驚かされたからじゃない。
案の定、くるりと振り返ったおばあちゃんのその時の顔は、驚いているというより、不快でたまらないと言わんばかりの表情だったらしく、おじいちゃんは怒らせたとひたすら後悔した。
「え!?あ、いや…そこまで怒らせるつもりじゃなかったけど…。あ、あれ?何かごめん?」
バタバタと手旗信号みたいに両腕を振りまくるおじいちゃんに、今度はおばあちゃんが首をかしげる番だった。
背後から触られるのは勘弁してほしいが、何をそこまで慌てているのか…?
まあ、いいか。来てくれた事だし、早くこれを渡そうと、おばあちゃんはカステラの入った紙袋をおじいちゃんに差し出した。
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