第55話
†
「…俺と、付き合って下さい」
おじいちゃんにそう言われたのは、二人が出会ってから十週目の木曜日の事だったとおばあちゃんに聞かされた。
何でそんなノロケ話を聞かされる事になったのかというと、たまたまおばあちゃんとリビングで二人きりになってた時、拓弥からのLINEが来た事がきっかけだった。
あの頃はまだ拓弥と付き合い始めたばかりで、何もかもがキラキラしてた毎日だった。拓弥もまだ露骨で下品なLINEを送ってくる事もなくて、何の変哲もない事ばかり話してきた。
そんな事でも嬉しくてたまんなくて、きっとあたしの顔はにやけてたんだと思う。それに目ざとく気付いたおばあちゃんが手話で話しかけてきた。
『彼氏からのメール?』
「ピンポ~ン、大正解♪」
ご機嫌だったあたしは、すぐに返事をした。LINEの返事に忙しかったから、手話じゃなくて声だけだったけど。
おばあちゃんは読唇術ができなかったけど、楽しげなあたしの様子に察してくれたんだろう。ゆっくりとあたしのすぐ隣にまで近付くて、静かに口の両端を持ち上げた。
『今は便利ね。そんな小さな機械で何でもできて』
「おばあちゃんもスマホ買えばいいじゃん。せめておじいちゃんみたいにガラケーくらい持てば?」
『おばあちゃんはいいの。手話で充分』
そう話して、ニコニコと笑うおばあちゃん。いやいや、それだけじゃ無理でしょと思った。
世の中のどれだけの人が、手話を正しく理解して、きちんと読み取る事ができると思ってんだか。今でこそ何の問題もないけど、最初はおじいちゃんだって分かってなかったんでしょ?
そこまでを口に出そうとした時、ふとあたしの頭の中に小さな疑問が生まれて、ほんの少しの間、身体が動かなくなった。
そうだ。おじいちゃんは最初、手話を知らなかったんだ。それどころか、おばあちゃんの耳が聞こえないって事も最初は知らなかったって言ってたような…。
「ねえ、おばあちゃん」
小さな疑問はあっという間に大きな好奇心に変わっていって、あたしは聞いてみる事にした。
「どうやっておじいちゃんとの結婚をこぎつけたの?」
少し手早く指や手首を動かしたせいか、おばあちゃんはきょとんと小首をかしげていたが、やがてあたしの手話の意図が分かると、先の言葉を聞かせてくれた。
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