第51話

一度家に帰って、制服に着替えたあたしは、そのままお母さんに言われた所にある警察署へ自転車で向かった。


 警察署なんて、小学二年の時の社会科見学で行った時以来で、その時はただ単にお巡りさんがいっぱいいてカッコいいくらいしか思ってなかった。


 今も今で、このあたしが事故や事件に巻き込まれるとかありえないし、道が分かんなきゃスマホで調べればいいんだから、一生縁のない所だと思ってた。それなのに、何でこうなったんだろう。


 正面玄関のドアをくぐって、すぐ目の前にあるカウンターの中にいる婦人警官に声をかけた。


「…あの。あたし、ここに運ばれたっていう安西きみえの孫なんですけど」


 婦人警官は一瞬「えっ?」と何の事か飲み込めなかった表情をしたけど、おばあちゃんの名前を聞いて思い出したみたいで、すぐに椅子から立ち上がった。


「あ…、はい。ご案内します」


 正面玄関のフロアとカウンターの中を区切っている間仕切りをっくぐって、婦人警官があたしの前に立って歩き出す。あまりにも淡々とした足取りで、もう慣れてますって感じだ。あたしは、できる事なら行きたくなかったのに。「ご案内します」じゃなくて、「そんなお名前の方はいませんよ」って言ってほしかったのに。


 行き先はどうやら地下にあるようで、少し埃っぽい階段を降りていった。


 天井には等間隔で蛍光灯があるにはあるけれど、明るさが違う。正面玄関のフロアより、もっとオレンジがかっているっていうか…。


 階段を降りきって、細長い廊下をまっすぐ進んでいた時だった。


「…美香、美香ぁ~!!」


 突然、中年のおっさんっぽい大きな泣き声が廊下いっぱいに響いた。見ると、二メートルくらい先に見えるドアの方から聞こえてくるみたいで、そのドアの前に一人のイケメンお兄さんが立っていた。


 お兄さんは少しうつむきながら、ぼうっとしていた。あたしや婦人警官に気付く様子は全然なくて、蛍光灯の暗さのせいで表情はよく分かんなかったけど、背中越しにおっさんの泣き声を聞いているような感じに見えた。


「…あの方も、遺族の方なんです」


 特に聞いた訳でもないのに、あたしが少し足早で追い付くと、婦人警官がそっと耳打ちしてきた。


 そっか、あのお兄さんも事件の関係者なんだ。誰が巻き込まれたんだろなんてぼんやり思いながら、あたしは婦人警官と一緒に歩いた。

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