第50話
『…は?帰る?何で?まだ時間残ってんじゃん、もったいねえ。まあいいけど、帰るんならホテル代半分置いてってくれよな。俺はメシ食って一眠りしてから帰る』
フロントから届いたお昼ごはんのラーメンを啜りながら、拓弥が超不満げな顔で言ってきたから、あたしは五千円札をぽいっと投げつけてホテルから出た。
拓弥のLINEブロックを考える余裕なんてなかった。ホテルから家まで三十分以上かかる距離だったけど、あたしはおなかの鈍痛を堪えてひたすら走った。
「何、冗談言ってるの?」とか「朝までおばあちゃんピンピンしてたんですけど?」とか言えたらよかったのに。お母さんの声があまりに必死だったから、頭が全然回らなかった。今ならいくらでも場を濁せる言葉が次から次へと浮かんでくるのに。
ねえ、嘘か冗談でしょ。誰かそう言ってよ。今ならおばあちゃんがしかけたドッキリとか言ってプラカードを出してきても、あたし怒んないよ。『カナちゃんへのお仕置きでした』って手話で言われても、全然構わないよ。
それなのに、何で?何でこんな事になってんの?
走り続けて二十分くらいだったかな。おじいちゃんとおばあちゃんの行きつけの喫茶店があった場所が見えてきた時、そこはものすごい臭いとたくさんの人ゴミで溢れ返っていた。
あたしは一度も入った事がないし、店名すらも覚えてなかったけど、その喫茶店は確かオーナーが脱サラして始めたとか言ってた。開店して三年か四年くらいで、おじいちゃんやおばあちゃんの他にも何人か常連さんがいて、結構人気があったらしい。
その人気のあった店が、真っ赤な炎に包まれて丸焼けになってる。それを人ゴミの中のほとんどの奴らがスマホを掲げて、とてもおもしろそうに撮影なんかしてる。
「危ないから下がって下さい!」
「こら、撮影するな!」
消防車も何台か来てて、必死の消火活動とやらをしている。それもおもしろげに撮ってる人達を、何人かの消防士さんがたしなめてた。
あたしは、その中の一人の腕を掴んで大声で話しかけた。
「あの!この店にあたしのおじいちゃんとおばあちゃんがいたと思うんですけど!」
「え?家族がいたのか!?」
ずいぶんとガタイのいい消防士さんだった。その人は燃えてる喫茶店と、少し離れた所にある奥まった道路を交互に見てから、少し早口で返事をしてくれた。
「店の中にいた人達は、外に出した。怪我をしてるだけなら病院に搬送されていったから安心しなさい」
そう言って消防士さんは、あたしの目の前から離れていく。あたしはほっとした。
そうか、おじいちゃんとおばあちゃんは病院か。こんなひどい火事なんだから無傷って訳にはいかないだろうけど、怪我だけならよかった…。
だけど、またけたたましく鳴り始めたスマホの着信音に、あたしの安心はあっという間に砕け散った。
『…カナ。おばあちゃんが、おばあちゃんが…!』
また、お母さんからの着信だった。今度のお母さんの声は、泣いていた。
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