第47話
†
六月十三日の話に戻る。
結局、チェック柄のインナーにベージュのミニスカートという無難な格好に着替えて、あたしは部屋を出た。
この頃のあたしは時間ギリギリまで寝てて、朝食を食べるっていう習慣がなかった。起きてセーラー服に着替えたら、そのまますぐ学校に行ってたから、廊下で鉢合わせとかしなきゃ、学校をサボるなんて事は家族の誰にもバレない。
でも、あの日はもう、おばあちゃんにバレていた。あれからずっと待っていたのか、ドアを開けたすぐ目の前におばあちゃんは立っていた。
ウザいなぁ、と素直にそう思った。さっきも言ったけど、自分達だってこれから出かけるくせに。
おじいちゃんとおばあちゃんは毎週木曜日、近所の喫茶店に出かけていく。木曜だけの限定メニューだっていう手作りキャロットケーキがいたくお気に召したようで、それを食べないと木曜日になった気がしないんだって。何よ、それ。
『カナちゃん、本当にお休みするの?』
おばあちゃんの骨張った指が話しかけてくる。ああもう、本当にしつこい。しつこいのは拓弥の腰つきだけで充分だっての。
「夕方には帰るから」
短く、そして口早にそう返事をしてやると、あたしはおばあちゃんの横をすり抜けて、廊下を進む。すると背後から、おばあちゃんの足音が追いかけてきた。
階段を下りて、一直線に玄関に向かう。居間の方からは朝のニュース番組の音声が聞こえてるから、それを見ながら両親とおじいちゃんは朝食を食べてる事だろう。
もしかしたら、もうおばあちゃんが告げ口とかしてるんじゃないかと一瞬思ったりしたけど、居間のドア越しにあたしの気配を感じたのか、お母さんの「カナ、行ってらっしゃい」といういつも通りの声がした。
…何だ。おばあちゃん、まだチクってないんだ。まあ、時間の問題だろうけど。
帰ったらどんな言い訳しようかなと考えながら、靴箱の中からショートブーツを取り出す。そこで、おばあちゃんの足音がすぐ後ろまで追いついてきた。
振り向いてやるもんかと思った。振り向いたら、また何か手話で言われる。返すのも面倒だから、このまま出かけようと立ち上がった時だった。
「…ひ、ひぃって…へゃ、ひゃい」
か細く、必死で絞り出しているかのような、おばあちゃんの発音できていない言葉。たぶん、「行ってらっしゃい」って言ってくれたんだと思う。
でも、あたしは振り返らなかったし、「行ってきます」も言わなかった。ガン無視する感じで、玄関を出ていってしまった。
これが、おばあちゃんとの最後になるなんて思わなかった。そうと分かっていたら、せめて振り返ったのに。
だからあたしは、最後におばあちゃんがどんな顔であたしを見送ってくれてたかなんて知らないんだ…。
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