第44話
医者の暴言もあって、娘の耳が聞こえなくなったのは無知で貧乏な自分達のせいなのだと、おばあちゃんの両親は罪悪感に苛まれた。
耳が聞こえないという事は、これから先、言葉を覚える事もなくなる。
こんな貧しい家ではろくな将来もない。誰とも意思の疎通がままならず、苦労して生きていくよりかは…と、やがておばあちゃんの両親は一家心中を真剣に考えるようになった。
そんな時だったそうだ。集落一帯を巻き込むダムの建設計画が持ち上がったのは。
他の集落の住人達は、故郷を追われる事に不安を覚えて猛反対したけど、おばあちゃんの両親はチャンスだと思ったらしい。
故郷をなくしてしまう事に未練がない訳じゃないが、おばあちゃんの将来に少しでも光を当てさせるには、まとまったお金がどうしても必要になる…。
そう考えたおばあちゃんの両親は、一家心中を取りやめて、ダム建設賛成派に身を投じた。「裏切り者」「金の亡者め」とさんざんなじられたそうだが、おばあちゃんには聞こえていなかったのが幸いだった。
反対の声もむなしく、ダム建設計画は予定通り進められ、おばあちゃんの故郷は水の中へと消えた。皆が散り散りになっていく中、おばあちゃん達は立ち退き料を手に、誰も自分達を知らない町へと引っ越した。おばあちゃんが六歳の時の事だった。
小学校へ上がる年、おばあちゃんの両親はおばあちゃんをある施設へと連れていった。
苦労してようやく見つけたその施設は、今で言う特別支援学校のようなもので、目が見えない子や耳が聞こえない子への教育・支援を行っていた。
今ならごく当たり前に見聞きできるような教育の場かも知れないけど、当時としては非常に珍しく、務めている先生達も手探り状態に近かった。
それでも、おばあちゃんの両親はわらも掴む思いで、立ち退き料を頭金に、そこへおばあちゃんを入学させた。少しでも、おばあちゃんの将来に役立てるならって。
この時の事を、おばあちゃんは両親にすごく感謝していると伝えてきた。
『両親のその決断がなければ、おばあちゃんは手話を知る事もなかったし、おじいちゃんにも出会えなかったからね』
そうして最後に、おじいちゃんとのノロケを伝えてくる。別にそれは関係なくね?と思いながら、あたしは「ああ、はいはい…」と手話なしでつぶやく。
おばあちゃんが人生の本当のスタートを切り出した頃と同い年だった時は、もっと素直に聞けていたはずだったのに。
いつからだっけ。同じ話を何度も何度も伝えられて、「もうウザい」と思うようになったのは。
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