第43話

あたしのおばあちゃんは、耳が両方とも聞こえない。いわゆる聴覚障害って奴で、年を取ったから難聴になったという訳じゃない。


 おばあちゃんの故郷は、ずいぶん昔にダムの底に沈んでしまった山奥の集落だった。百人もいないような小さな集落で、お正月に何個もないおもちを皆で分け合って食べるのがぜいたくだと言えるくらいの、貧しい生活をしていたそうだ。


 そんな集落の中でも、一番貧しい家におばあちゃんは生まれてきた。とても大きい産声をあげる元気な赤ちゃんで、おばあちゃんの両親はこのまま丈夫に育ってくれると信じて疑わなかったという。


 でも、おばあちゃんが二歳の時の事だ。原因不明の高熱に襲われて、おばあちゃんは三日三晩寝込んだ。


 山奥で暮らしている貧乏な家に医者なんて到底呼べず、おばあちゃんの両親は自分達で摘んできた薬草をすりつぶして飲ませ、額に濡れた手拭いを乗せる事だけしかできなかった。このままおばあちゃんは死んでしまうのではないかと、生きた心地がしなかったそうだ。


 だから、四日目におばあちゃんの熱がすっかり下がってくれた時は、心から喜んだ。こんな小さな身体でよく頑張ってくれたねと、何度も何度もおばあちゃんを褒めた。


 なのに、おばあちゃんは何の反応もしなかったそうだ。それまではよく笑うし、まだまだ拙いながらも両親を「とぉと、かぁか」と呼んでくれていたというのに、きょとんとした表情でひと声も発そうとしなかった。


 熱が下がって一週間が過ぎてもその調子だったので、おばあちゃんの両親は集落の人達の協力もあり、何とか丸一日かけて山を下り、町の病院へとおばあちゃんを連れていった。


 そこで診察をしてもらった結果、おばあちゃんの聴力は完全に失われてしまっているという事が分かった。


 この時、おばあちゃんを診た医者は、両親をこれでもかというくらい責めた。


「何でもっと早く病院に連れてこなかった?金がないなどとは言い訳にしかならない。この子の耳が聞こえなくなったのは、あんた達の責任だ」


 おばあちゃんの両親は、何も言い返す事ができなかった。今ならドクハラとして訴え出る事もできるだろうけど、この頃、生活に余裕がない人達はただ耐えるしかなかったんだと、おばあちゃんが寂しそうに伝えてきたっけ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る