第42話

ノックから数秒経って、ドアがそうっと静かに開かれる。その向こうから顔を覗かせてきたのは、あたしのおばあちゃん――安西きみえだった。


 おばあちゃんはにこにこと笑いながら部屋に入ってきたが、あたしがまだパジャマ姿だった事に驚いたのか、やがてゆっくりと両腕を胸元まで掲げて、その指先を動かしだした。


『カナちゃん、早く着替えないと遅刻だよ』


 物心ついた時から、何百回何千回と繰り返し見てきたおばあちゃんのその仕草。おかげであたしもすっかり覚えてしまって、同じように胸元に両手を浮かせ、指先を動かしながら答えた。


「今日は、学校行かないの」

『どうして?お休みじゃないのに』

「彼氏に呼び出された。だからサボり。お母さん達には内緒にしといて」


 あたしがそう答えると、実に分かりやすいくらいにおばあちゃんの顔がむうっと膨れる。何にもしゃべんないくせに、おばあちゃんの顔は超正直だ。


『デートなら、学校の後で』


 おばあちゃんの筋張った指先が、説教を始めた。


『学校サボってまで、行かなきゃいけないデートなの?』

「行かないと、彼氏うるさいから」

『ダメ。お断りの電話しなさい』

「めんどくさいから、ヤダ」

『そんな理由で行くの?それは変です』

「は?何それ?」

『ねえ、カナちゃん。好きって事は、本当に大切な事なんだよ?』


 まただ。また言ったよ、おばあちゃんの決まり文句。聞き飽きたし、うっとうしいし、これもこれでめんどくさいし。


 あたしはおばあちゃんの正面に向き直って、すごい乱暴な手つきで言ってやった。


「うるさいな!自分だって、これからおじいちゃんとデートじゃん!さっさと行けば!?もう着替えるから、出てって!」


 あたしはおばあちゃんの両肩を掴んで、回れ右をさせる。そしてそのまま部屋の外へと押し出すと、乱暴にドアを閉めた。


 爽やかな朝の空気に、荒々しいドアの音が響き渡るけど、おばあちゃんにはその音は聞こえない。あたしの怒鳴り声も聞こえていない。


 廊下で呆然としているだろうおばあちゃんの様子を想像しながら、あたしは別の服に着替え始めた。

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