第37話
†
「…これがその時、美香が見せてくれた物だ」
そう言って、親父さんはズボンのポケットからある物を取り出し、僕の目の前まで差し出してきた。見覚えがありすぎるそれに、僕の心の内は驚きと悔しさと、そして悲しみで一気に占められた。
親父さんの手のひらの上にあったのは、僕が美香に渡そうとして、そして美香がそっと自分の胸に引き寄せてくれたあのリングケースだった。開けられた様子のない、真新しいままの。
「美香は…、それを指にはめてなかったんですよね」
僕がゆっくりと尋ねると、親父さんは「ああ」と寂しそうに頷いた。
「もし右腕が無事だったなら、一人でこれを開けて…ちゃんとはめる事ができただろう。それができなくて悲しかったはずなのに、お前からプロポーズされたんだとすごく自慢げに話してくれた」
「…僕はバカだ。大バカだ…!」
僕は、美香との最後のやり取りを心から悔いた。
もっと、もっといろいろとしてやれる事があったはずだ。
何度も何度も謝るよりも、もっと。ただ抱きしめてやる事よりも、もっとたくさんの事をしてやればよかった。
子供のようにボロボロ泣くばかりで、美香の左手を取って指輪をはめてやる事さえしてやれなかった。それだけでも違っていたのに。そうしてやれば、もっと美香は幸せな気持ちで逝けたはずだ。
僕は何もできなかった。美香と一緒に幸せに生きる事も、後を追って死ぬ事もできなかった。美香を一人で死なせてしまった。
情けなさすぎて、胸が痛い。また涙が目の奥からにじみ出てくる。もうやめろ、もう泣くな。これ以上はもうたくさんだ。
知らず知らずのうちに、僕の両手のこぶしが真っ白な掛け布団を引きちぎらんばかりにぎゅうっと握りつける。
美香。僕がリングケースを差し出した時、ほんの少しでも幸せを感じてくれていたのなら、どうしてそのまま僕を連れていってくれなかった?
どうして、もっと一緒にいてほしいと願ってくれなかったんだ?僕は決して、その願いを拒みは…。
「…素敵な人だったんだな、その美香さんって」
ふいにそう聞こえてきた涙声に、ハッと我に返って僕は顔を上げる。すると、ベッドの横で突っ立ったままの親友がずずっと鼻を啜っていた。
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