第38話
子供の時と、全く泣き方が変わっていないなと思った。
意外と涙脆いところがあって、小学三年生の時、視聴覚教室で親子愛をテーマにしたアニメ映画を観た事があったのだが、感動のラストシーンに差しかかったあたりでこいつの涙腺は崩壊した。
だが、クラスの誰よりも――それこそ女子達よりも涙をこぼしていたくせに、鼻水を何度もズズッと啜りながら「俺は泣いてない!」と強がり、目元を大仰なほど拭っていた。
十五年以上もの時を経て、僕は今、全く同じ姿を見ている。「泣くなよ」と言ってやると、「俺は泣いていない!」と同じ事を言って、同じように目元を拭っていた親友に、俺の心に占めていたものが少し軽くなった。
ありがとうな。生きている間には一度も会っていない上、死んだ後でほんの一瞬すれ違っただけの美香の為に、そんなに泣いてくれて…。
「本当に素敵な女性だよ、美香さんは」
親友がまた鼻を啜ってから、言った。
「俺の嫁が言ってた。好きな男にプロポーズされて嬉しく思わない女はいないし、好きな男に幸せになってほしいと思わない女もいないって」
「え…」
「でも、美香さんは分かっちゃったんだろうな。例え、たもちゃんが後を追う事を願ったって、それは二人の幸せとは違うって。だから、たもちゃんを置いていったんだ」
「……」
「たもちゃん、よく思い出してみろ。美香さんは、どんな人だった?」
親友に言われるまでもない。僕は、美香の隅から隅までを鮮明に思い出せる。
『natural』のウエイトレス姿がよく似合う、笑顔のかわいい子だった。
急な雨に困っていた僕に自分のコウモリ傘を貸してくれるような、とても気の利く優しい子だった。
意外とアニメが好きで、LINEのメッセージをアニメキャラのスタンプで埋め尽くすようなおもしろいところもあった。ただ、一緒にいるだけで楽しかった…。
「分かってる、分かってるよ…」
震えそうになる声を必死に絞り出して、僕は言った。
美香、ありがとう。本当にありがとう。僕は心の底から、そう言えるよ…。
僕は涙を堪えながら、正面にいる親父さんを見つめた。親父さんは純白の布の箱とリングケースを持ったまま、口を開いた。
「納骨の時は付き合え、手を併せるくらいは許してやる」
「はい…」
「その時、これも一緒に墓に納めていいな?美香が嫌がるだろうと思って、棺桶には入れなかった」
リングケースの事を言っているだろう事は明らかだったので、僕は何度も頷いた。
「ありがとうございます…」
僕がぺこりと頭を下げると、親父さんはほんのちょっとだけ顔を背けながら「美香を忘れてほしくはないが、縛られはするなよ」と言ってくれた。
はい、と短く返事をして、僕はそっと胸元に手を添えた。あの時、美香を抱きしめた時の感触が残酷なくらいにまだ残っている。
これを美香の愛情と捉えるべきか、もしくは呪いと受け取るべきか。どちらにせよ、僕の中で一生残るものだ。
大丈夫だよ、美香。君を忘れる事なんて、僕にはできやしないんだから。
第一話 完
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