第33話

でも、こいつが酒の味しかしなかったと言うのも無理はない。僕が部屋の真ん中で倒れていたのは、急性アルコール中毒を起こしたからだ。


 そうだ、思い出してきた。


 美香の通夜の席から追い返された僕は、コンビニでしこたま酒を買い込んだ。最初は河川敷で飲んでいたが、全部は飲み切れなくて、そのままマンションの部屋まで持って帰って、さらにずっと飲み続けて…。


 いや、ちょっと待て。待ってくれ。そんなはずはない。だって、僕の部屋には…。


 親友がひと通り話し終わった後、僕は頭に浮かんだ大きな疑問を口にした。


「な、なあ…。僕の部屋を教えてくれたその女は、ほ、本当に…外に出ていった、のか?僕の部屋に、いなかったのか…?」


 親友は間髪入れる事なく、「ああ」と答えた。


「部屋にはたもちゃんしかいなかった。強いて言うなら、散乱しまくった酒ビンくらいか?他には誰もいなかったけど、あの女が教えてくれなかったら本当にヤバかったと思うぞ?」


 親友がそこまで言ってくれた事で、僕はよけいに混乱してきた。


 じゃあ、美香と一緒に過ごしていたあの時間は、いったい何だったんだ?


 僕は確かに、自分の部屋で美香と一緒に過ごした。右腕が欠けていても、僕の元へ帰ってきてくれた美香と。


 それに、同じ河川敷で親父さんと上岡さんにも会った。二人は右腕の欠けた美香について何か知っていたようだったが、それを無視して僕は美香の待っている部屋に戻った。


 そして、僕は覚悟を決めて…。


 そうだ、こんなにも覚えてる。こんなにも記憶が鮮明なんだ。決して幻だった訳じゃない。


「そんなはず、ない…」


 僕は首をゆっくりと横に振りながら、親友に言った。


「お前に話しかけてきたのが、美香なんだよ…。彼女は、美香なんだ…!僕は、確かに美香と一緒にいたんだよ…!」

「お、落ち着けって、たもちゃん。話は聞いてる、婚約者を亡くしたって…。つらかったよな…」

「違う。いや、違わないけど、確かに美香はいたんだよ…!」


 僕は聞き訳のない小さな子供のように、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。


 いったい、どうなってるというんだ。まさか何もかもが、昏倒していた間に見ていた都合のいい夢だったというのか?


 そんな、そんなはずが…。


 混乱を極めていく僕の頭は、かえって真っ白になっていった。もう何もかも分からない。美香、君は本当に…。


 そんな、自分ではどうしようもなくなっていく疑問に答えを示してくれたのは、ふいに病室の扉を開けて中に入ってきた美香の親父さんだった。


「…安心しろ、貴様は確かに美香と一緒にいた」


 喪服スーツ姿の親父さんは、その両腕に純白の布に包まれた箱を抱えていた。

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